第127話 ダブルデート

「で、俺か」

 立花は神妙な面持ちで、冬希と春奈を見た。

 全国高校自転車競技会の翌日、天神の西鉄福岡駅の改札口を出たところで、冬希と春奈は、立花と待ち合わせをしていた。

「あ、おはようございます」

 その横で、立花の幼馴染の堀あゆみが、丁寧に挨拶をする。

「いやほら、立花には貸しがあったから、千葉に帰る前に返してもらおうと思って」

 悪びれた様子もなく言う冬希に、立花は深いため息をついた。

「どの件だ。ステージ優勝の件なら、船津さんの総合優勝をサポートしたのでチャラなはずだ」

「ほら、ボトルを渡して近田さんに届けさせたろ。あれあれ」

「う、その件か。仕方ない・・・」

 立花は、諦め切った表情で、交通系ICで福岡駅の改札を通った。

「あゆちゃん、それ可愛いね。フェレット?」

「うん、ニモカっていう西鉄の交通系ICカード」

「私も作ろうかな」

「もうペンギンの奴持ってるでしょ」

 何枚も持ってどうするの、と冬希が止める。

「冬希くん、お母さんみたいだ」

 春奈とあゆみが可笑しそうに笑う。

「おい、青山、そっちじゃない。こっちだ」

 太宰府行きに乗ろうとする冬希を立花が止める。立花が向かおうとした先には、特急と赤い字で書かれた電車が停まっていた。

「太宰府行くんじゃないの?それに特急券持ってないよ」

「西鉄は特急も通常の運賃で乗れるんだよ。あと、二日市で太宰府線に乗り換えた方が早いから」


「別に鈍行でも良かったんだけどな」

 冬希が扉の窓から外を見ながらいった。

「俺は、午後から予定があるんだよ」

「お父さんと、ちゃんとお話をするんだよね」

 あゆみが補足する。

「ああ、今後も福岡産業のメンバーとして走っていくと言うつもりだ」

 立花は、父親に半ば強引に全国高校自転車競技会に出場できるチームとして福岡産業への入学を促され、さりとてチームの一員として走るのではなく、ほぼ1人参加としてレースに出場していた。しかし、冬希のアドバイスで、脱水症状になりかけていた近田にボトルを届けたことで、チームと打ち解け、その後はチームと協力して大会を戦い抜いてきた。

「その時の恩を、今返してもらってるわけだ」

 冬希はドヤ顔で言った。

「へぇ、ボトルを運んできたのはバイクのおじちゃんだし、近田さんまで届けたのも立花くんだし。すっごいコスパのいい恩の売り方だねぇ」

「そう言えば・・・」

 春奈は感心した体だが、立花は、今気づいたっという感じで冬希をジトッとした目で見た。

「気づかれた。春奈のせいで、俺がたいして何もしていないことに気づかれた」

 冬希は慌てていると、電車の中で、まもなく二日市に着くというアナウンスが流れた。


 二日市で太宰府行きに乗り換え、2駅で太宰府駅に到着した。

 4人は、参道を歩いていく。

「すごいな、お土産屋さん」

「冬希くん、あれなんだろう」

「梅ヶ枝もちだって、酸っぱいのかな」

「帰りに買って食べてみよう」

 2人で盛り上がる冬希と春奈を見て、あゆみは楽しそうに笑い、それを見て立花も苦笑を返す。あれだけ喜んでくれると、案内するのも悪くないなと、立花は思い始めていた。

 4人は太宰府天満宮に入り、池にかかった橋を渡っていく。

「鯉がいっぱいだ」

「お金がいっぱいだ」

 春奈と冬希が言ったように、池には多くの鯉が泳ぎ、小銭も多く沈んでいた。

 それから、全員でお参りをし、おみくじを引くことになった。

「冬希くん、何だった」

「中吉、春奈は?」

「私は、吉」

「えっと、中吉と吉ってどっちが良いんだっけ?」

「どっちだろうね」

「神社によって解釈が違うらしい。何かの番組で言っていた気がする」

 仕切りに首を傾げる冬希と春奈に、立花は言った。

「へぇ、で立花は何だった?」

「俺は大吉だ」

 立花がおみくじを広げて見せた。

「・・・」

 冬希と春奈が悲しそうな顔をし、あゆみが、道之くん・・・と残念なものを見る目で見つめていた。


「御神牛だって」

 台座の上に鎮座した金属製の牛の像を指して春奈が言った。

「太宰府天満宮は、菅原道真が亡くなって、遺骸を運んでいるときに牛が止まった場所に建てられたらしいからな」

 冬希も歴史が好きで、その辺りは知識として持っていた。

「この牛の何処かをさわれば頭が良くなるという言い伝えがある。青山、どこかわかるか?」

「頭って言うからには、頭なんじゃないか?っていうか、撫でられすぎてピカピカしてるじゃないかっ!」

 冬希は、おちょくられたことにようやく気がついて言った。

「この2人、なんかすごい仲が良くない?」

「道之くんは、大会中に少しずつ話をするようになった程度って言ってたけど、なんか、気が合うのかも・・・」

 春奈とあゆみがひそひそと話している。あゆみからすると、立花は基本的には優しいが、中学の頃からどこか追い詰められている雰囲気があり、今回の大会が終わって一気に柔らかくなったように見えた。

「そろそろ戻るぞ。梅ヶ枝餅を食べるんだろ?」

「おお、そうだった」

 立花に促され、冬希たちは、参道に戻って来た。

「梅ヶ枝餅買ってくる」

 冬希は、近くにあるお店で焼いている梅ヶ枝餅を買いに行った。

「なんか、雛姫さんと春奈さんと知り合えて、本当に楽しかったです」

「私も。なかなかすぐには会えないかも知れないけど、連絡先交換したから、メッセージ頂戴ね」

「はい、必ず!」

 春奈とあゆみは、完全に打ち解けている。

「買ってきたよ」

 冬希は、春奈、立花、あゆみに1つずつ梅ヶ枝餅を配っていった。

「俺たちもか」

 立花は、少し困惑しながら受け取った。

「今日、案内してもらったお礼だよ」

「ほとんど何もしてないけどな」

 立花は、苦笑しながらも、礼を言いつつ梅ヶ枝餅を食べた。

 冬希と春奈も、それぞれ一口食べる。

「おいしー!」

「何これ、超美味いんだけど。餅とあんこだよな、何で!?」

 春奈と冬希が歓声を上げる。立花とあゆみは、顔を見合わせて、にっこりと笑った。

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