第126話 松平への挨拶

 表彰式の後、立花や植原と別れて、まず冬希は福島のエーススプリンター松平幸一郎の元へ挨拶へ行った。

 冬希がスプリント賞を獲得できたのは、松平が全日本チャンピオンでスプリントポイント2位の坂東を抑えてステージ2位に入ってくれたのが最大の要因と言って良かった。坂東が2位に入っていれば、スプリント賞は3ポイント差で坂東のものになっていたのだから。

 冬希が福島の待機エリアを訪れた時、すでに福島のメンバーは帰り支度を終えていた。

「スプリント賞という奴は、1番強いスプリンターが獲るべきだと思っただけだ」

 松平は、頬をぽりぽり掻きながら言った。レース中の獰猛さが嘘のように、気が抜けた表情をしている。

「今大会は、間違いなくお前が最強のスプリンターだった。俺も、柴田も土方も草野も、全く手も足も出なかった。どうやったらお前に勝てるか。全く思いつかなかった」

 二年の頃から当時の三年生を圧倒し、最強世代の呼び声も高く、「四大スプリンター」とまで呼ばれた。しかし、4人とも、まさか1勝もできないとは思っていなかった。

「青山、俺は来年の進学先が決まってるんだ。実は既にとある大学から確約をもらっている。だが、今回の結果には、俺を大学に誘ってくれた人達も、がっかりしているかもしれないと思っている」

 冬希は松平を、気遣いのできる人だ、と思った。だが、それは杞憂だと思った。松平は間違いなく近年でも稀に見る優秀な選手であるし、松平を獲らなければ、むしろ他に獲る人間がいないとも言える。

「だから、今年1年かけて、一からやり直そうと思っているんだ。だから、何か気づいたことがあれば教えてくれ」

「もちろんです。今からでもいいですか?」

 スプリント賞を援護してもらった恩もある。冬希は快諾した。

「ああ、覚悟はできている」

「まず、スプリントに入るまでに、単純に脚を使いすぎです」

「一気に厳しいところに来たな」

 松平のアシスト、日向がやってきて苦笑している。

「スプリント開始時にいいポジションを取りにいくのは大切ですが、それまでに脚を使ってしまうので、トップスピードが伸びず、最後に脚も上がってしまっているように見えました」

「残り1km過ぎたあたりから、もう頭に血が上ってしまって、何も考えられなくなっちまうんだよ」

「とにかく、周りを見る事です。誰か上がっていく人がいれば、その人の後ろに便乗しましょう。坂東さんみたいに、上がっていく人の後ろのポジションを、体ごとぶつかって奪いに行くのは、やりすぎですけど」

「周りを見る、かぁ」

「負けてもいいので、最初は、スプリントするときに周りを見る練習をしてはどうでしょうか?」

 冬希は、120mより前からスプリントをするなと厳命を受けたことがあり、仕掛けを待っている間、周りを観察する癖がついていた。

「わかった。感謝する」

「課題が見つかって良かったな」

「ああ、気づかないまま大学に行ってたら、えらい事になってたかもしれん」

 日向言葉に、松平が頷く。

「ところで、あの後ろで待ってる子。誰だ・・・?」

 松平は、ヒソヒソと冬希に言った。冬希の少し後ろで待っている春奈の事だ。

「同級生というか、友達というか、なんか、レースの間ずっと支えてくれていた恩人というか」

「まあ、あんな子が応援してくれてたら、そりゃ勝てるかもしれねぇわな」

 冬希は苦笑した。第3ステージまで放置していたとは、口が裂けても言えなかった。

 冬希は、松平と連絡先を交換して別れた。


「ごめん、お待たせ」

 冬希は、春奈の元に戻った。

「ううん、なんかTVでしか見れなかった選手の人たちを直接見れるのはちょっと新鮮だね。あと、松平さんはちょっとTVと印象が違って優しそうだった」

「TVで何て言われてたんだろう」

「獰猛なスプリンターだって。虎の如く襲いかかる!って」

「そんなこと言われてたんだ・・・俺も印象違う?」

「うーん、TVでみる前から知ってるから、冬希くんは冬希くんかなぁ。飄々としてる感じ」

「飄々と・・・」

「だって、勝ってもめちゃくちゃ喜びを爆発させたりしないじゃん」

「まあ、そうだけど」

 船津の総合優勝という、もっと大きな課題があったので、自分のステージ優勝ぐらいでは喜んでいられないという精神状態ではあった。

「あと、今日も光速スプリントがみれるかも知れませんねって、よく解説者に言われてたよ」

 その話はレース期間中に知らなくて良かったと、冬希は思った。変にプレッシャーを受けて、しょうもない失敗をしていたかもしれない。

「それはそうと、明日、帰りの飛行機遅らせていいって言われてるから、2人で福岡を観光していく?」

 冬希は、帰りの飛行機について、私用で遅らせていいかと、チームのメンバーと、チケットを押さえてくれている大会運営の職員に確認をしていた。どちらも回答は、「ご自由にどうぞ」だった。

「行く!私も明日の夕方帰るから、一緒に飛行機で帰ろうよ」

「そうだな。どこかいきたい所ある?」

「うーん、有名な太宰府天満宮は行きたいかな」

「太宰府かぁ。それなら、ガイドを召喚しよう」

 冬希は、ニヤニヤ笑いながら、スマートフォンで立花にメッセージを送った。

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