第103話 全国高校自転車競技会 第9ステージ(武雄温泉~脊振山頂)①
第9ステージは、鉛色の空の下でスタートした。いつ雨が降り出してもおかしくない。
雨でのレースが苦手な冬希は、潤に愚痴っている。
「雨が降ったら、レースお休みにしてくれないですかね。あと、風が強い日は、スタート時間を遅らせるとか」
「お前はカメハメハ大王か」
突っ込んだのは柊の方で、潤は
「なんでこんな奴が、人気選手だなんて言われているんだろう」
と本気で首を傾げていた。
アクチュアルスタートが切られ、集団は緊張感が高まっていたが、後方から
「グルペットー!」
という声が聞こえ、
「早えぇよ」
という声が上がる。
そのやりとりに笑い声が上がり、硬くなっていた選手達が、積極的に動き始めた。
逃げようとする選手達が、アタックした選手の後ろに長い列を作り、結局メイン集団と繋がっているという状態が長く続いた。見せ場を作るのはここだとばかりに、中堅チーム達が必死にアタックし、みんなが逃げに乗ろうとして、結局逃げにならないという、悪循環を繰り返す。
逃げようとする選手達で潰し合いのような状況になっており、前日に多少の疲れを残した冬希達の千葉神崎高校は、労することなく、逃げを追いかけているような状況となっていた。
神崎高校は、形だけ集団の前方にいるように見えるが、実質仕事は何もしていなかった。
「青山」
「はい」
エースの船津が、冬希に並んできた。
「逃げの極意ってなんだと思う?」
「秋葉さんが、勇気だってTVで言ってましたね。でも、最近はそれが嘘だってわかるようになったんですよ。タイミングがあるんですよ、逃げには」
「ふむ、でそのタイミングというのは?」
「ふふっ、四王天さんと秋葉さんが逃げようとする時です」
「なんて他力本願っ!!しかもなんで得意げなんだよ!」
潤が驚きの声をあげる。
「潤先輩、ペーペーの俺に、逃げのタイミングなんてわかるわけないじゃないですか」
何言ってるんですか、と表情で潤を煽る。
「船津さん、なんでこいつが人気選手のトップ5に入ってるんですかね」
「ははっ、まあ今の答えでも80点ぐらいはあげてもいいんじゃないか?」
潤の問いかけに対して、船津は満足げだった。
秋葉がアタックをかけた。山岳ステージでは毎回のことだ。そして四王天もアタックをかける。逃げたい選手の中で、なんとか脚が残っている選手達が追いついていく。
メイン集団から、千葉神崎高校が捕まえにかかる。1人の選手が追いつく。逃げは失敗で、引き続き逃げ合戦が続く、と誰もが思ったが、1人を残して千葉は集団に戻っていった。
30名という大規模な逃げ集団が形成された。「逃げ屋」京都の四王天、「山岳逃げ職人」山形の秋葉、そして宮崎の参謀格、小玉も逃げに乗っている。
総合リーダーチームの千葉神崎高校が追ってきた時、誰もが捕まったと思った。しかし、その選手は、最後尾にくっついて逃げを妨害するどころか、一緒に先頭を回り始めた。
諦めかけていた逃げの選手達は、一気に活力を取り戻し、瞬く間にメイン集団に3分の差をつけた。
メイン集団は逃げを容認し、ついに逃げ集団が形成された。
「青山、スプリントポイント狙いか?」
「はい、坂東さん来てます?」
秋葉が、親指を立て、後ろを指す。そこには、大きな日の丸をあしらった全日本チャンピオンジャージを着用した、坂東輝幸がいた。坂東も、いつもの通りスプリントポイントを獲得するために逃げに乗っていた。
冬希は、ロードバイクに乗っている坂東を初めて間近で見た。
身長は、冬希より10cmほど低いはずだが、体に纏った気迫が、実際の体より大きく見せている。そういう意味では、北海道の土方や、山梨の柴田に似ているかもしれない。
「青山、お前」
坂東は、初めて冬希に話しかけた。
「お前の気に食わないところは、グリーンジャージを着ながらスプリント賞なんてどうでもいいと思っているところだ。お前がそれを着ていること自体が、俺は気に入らないんだよ」
板東の怒気が熱波となって届いてきたような錯覚を冬希は覚えた。
「板東さん、スプリントポイントまでよろしくお願いします」
冬希は、そんな坂東の怒りも意に介さずにニヤリと笑った。
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