第104話 全国高校自転車競技会 第9ステージ(武雄温泉~脊振山頂)②
スプリントポイントは、天山の上り口のあたりに設定されている。
そこまでは、30人は協調しながら走ることになる。
冬希が真面目に逃げ集団でローテーションに加わるのに対して、坂東は自分の番が回って来る前に、ニュートラルカーまで下がって、ボトルを交換したり、ローテーションを終えた選手を自分の前に入れたりして、中々先頭交代に加わろうとはしなかった。四王天の話では、毎回逃げ集団ではこんな感じらしい。
「無賃乗車もいいところだ」
秋葉も憤慨している。
逃げ集団は、冬希を歓迎していた。冬希は、どう考えてもスプリントポイント狙いで、ステージ優勝は狙ってこないことは明白だったし、何より冬希が逃げ集団にいる間は、メイン集団をコントロールする立場にある千葉は、絶対に逃げ集団を捕まえにこない。
逃げに非協力的で、スプリントポイントだけ獲っていく坂東に反感を持っている選手は多いが、その坂東が冬希に負かされるところを見たいという気持ちもあった。
一方で、冬希は坂東に好感を持っていた。
「正直な人だ」
と思った。
正直な怒りをぶつけてきた、その真っ直ぐさに、冬希は応えたいという気になっていた。そして、本気で坂東に勝ち、スプリント賞を獲得しなければという気持ちになっていた。板東の怒りは尤もな事だと、冬希も思う。ならば、本気で獲りにいくべきだ。
一方で、メイン集団の総合上位勢は、慌てた。
逃げ集団で30名というのは、結構な人数だ。30人でローテーションを回られたのならば、後ろから追いつくのは、容易ではない。単純計算で、メイン集団側も30人以上で追いかけなければ、差は縮まらないのだ。
それに、逃げ集団に青山を送り込んだ千葉は、自ら逃げ集団に乗った冬希を捕まえにいくことはない。すくなくとも、冬希がスプリントポイントを獲得するまでは、全く追いかける気はないだろう。
「やられたな」
静岡のエース、尾崎は独り言ちた。先日脚を使って疲労が残っているはずの千葉は、今日は逃げを追いかけるという仕事から解放された。先日休んだ静岡や東京は、少なくとも逃げを捕まえるまでは、先頭で仕事をしなければならない。
尾崎は、船津に1分以上の差をつけられている。その差を縮めるためには、ステージ優勝で獲得できるボーナスタイム10秒はとてつもなく大事だった。
ステージ優勝を狙うには、逃げ切りを阻止しなければならない。尾崎も植原も近田も、わずかに残った総合優勝の可能性のためには、逃げ集団を捕まえるしかないのだ。
尾崎はアシストを出し、メイン集団は逃げ集団の追走を開始した。
「丹羽がいてくれれば・・・」
無い物ねだりだということはわかっていた。だが、そう思わずにはいられなかった。
丹羽がいてくれれば、逃げ集団に送り込み、逃げを潰すなり、先行して尾崎が追いつくのを待って、ゴールまで引っぱるなり、最善の方法で尾崎を助けてくれただろう。腹を割って相談できる相手もいない。そのことは、想像以上に尾崎に消耗を強いていた。
「早めに仕掛けなければ・・・」
ゴール直前でのアタックでは、船津にタイム差をつけられない。
さまざまな条件を加味し、尾崎の頭の中で、レースを組み立て直し始めた。
逃げ集団の中で、各選手の牽引する時間はまちまちだ。一定時間で曳く選手もいれば、一定距離で曳く選手もいる。何も考えていない選手もいる。
冬希はそれらを観察、計算して、距離と時間で大まかに自分の牽引する時間を決めていた。
その結果、スプリントポイントの前で、逃げ集団の前の方に位置することができた。
一方、集団の後ろの方で、ローテーションをサボっていた坂東は、先頭交代のローテーションを行う逃げ集団の外から、スプリントポイント狙いに上がっていった。
自分のローテーションが終わってから、脚をためる時間のあった冬希、それに対してスプリントポイント直前に、上がっていくのに脚を使ってしまった坂東。
スプリントポイントまで残り200mから坂東はスプリントを開始したが、冬希は楽に板東の後ろについていく。
坂東は、冬希を振り払おうと蛇行するが、残り100mになって冬希が仕掛けると、あっという間に坂東を躱し、冬希が先頭でスプリントポイントを通過した。坂東は、2位通過。抜かれた瞬間、スプリントを諦めた。
スプリントポイントを通過した逃げ集団は、2級山岳の天山の上り口に入っていった。
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