第102話 1年生チーム
宮崎の有馬豪志は、小学生の頃から、全国高校自転車競技会で優勝すると公言していた。
同級生達は、できるはずが無いと笑ったが、有馬はそんな連中には目もくれず、練習に励んだ。
自転車を買ったショップのチームに所属し、中学では地元の草レースに積極的に参加し、勝利を重ねた。
ライバルも多かった。他のクラブチームにも強い中学生が何人もいて、ヒルクライム、エンデューロ、クリテリウム、それぞれの得意分野で勝ったり負けたりした。
有馬も、自分の実力には自信を持っていたが、通っていた中学校には自転車部が無かったため、中体連への出場は出来なかった。
中体連では、東京の植原や、福岡の立花が活躍していたが、有馬は自分が出ていれば勝っていただろうと思っていた。
有馬が進学した高校は、自転車競技の古豪であったが、入学した時には廃部になっていた。厳しい練習に耐えきれなくなった1、2年生は全員退部しており、3年生達が引退したタイミングで部員がいなくなっていた。
有馬は失望したが、同じ学校に中学時代に競ったライバル達が全員入学していることを知り、自分達だけで自転車部を作り、準備期間も十分に取れないままに、宮崎県の予選会に参加することになった。
宮崎にも、全国区の選手は居り、有馬は個人では6位だったが、メンバーの5人全員が20位以内に入り、チーム優勝して全国に出場できることになった。
しかし、全国の洗礼は強烈だった。
全員が、緊張のあまり、まともに体が動かずに、第1ステージでは、誰1人としてメイン集団でゴールする事ができなかった。1年生チームには、頼れる先輩というものが存在しなかった。
第2ステージの朝、チームメイトの小玉が他校の上級生とトラブルになりかけたところを助けてもらったというので、第1ステージで優勝した千葉の青山冬希へ挨拶に行った。
彼は、同じ1年生であるはずだが、どこか冒しがたい威厳を持った、雰囲気のある男だった。
「同じ1年生同士、頑張ろう」
そう言っていたが、その日のうちに2勝目を挙げてしまった。
それに対して、宮崎チームと言えば、ずっとチグハグなままだった。トレインを組んでも、中々うまく回れない。ペースも一定に保てない。チーム練習が圧倒的に足りていなかった。
「一旦、勝利を捨てよう」
チームの中で1番控えめだが、頭がいい小玉が言った。それからは、レースの中でチーム練習を行うような感じになった。メイン集団の牽引に加わる練習や、逃げに乗る練習。他チームの逃げを潰す練習など、実戦でしか学べないことも多く行った。
最初の頃は、他校がチームで走っているのに対して、宮崎は、5人がバラバラに立ち向かおうとしていた部分があったが、チームで様々な練習を行っていくうちに、お互いがどう動けばいいのか分かってきた。小玉が案を出し、有馬が決め、東、涌井、川波が積極的に動く。それがチームとして上手く行くということに気がついてきた。
それからは、有馬がステージで上位に入ったり、小玉が流れを読んで、逃げに加わったりすることもできるようになってきた。
「そろそろだと思うんだ」
小玉は言った。
「総合上位勢は、お互いに睨み合いが続いている。静岡の尾崎選手、福岡の近田選手、東京の植原選手は、お互いに誰かが動いたら、追いかけなければならないけど、タイム差から言って、千葉の船津選手は、尾崎選手しか追わないと思う。逆にいうと、このうちの誰かが動かない限り、有力どころが動くことはないんだ」
「つまり、上位勢が牽制しあっているうちに、抜け駆けしてやろうってことか」
そう言った川波に、小玉は頷いてみせた。
「スプリントステージで勝てるスプリンターは、うちにはいないからね。今日がラストチャンスだ」
小玉は、自分を助けてくれた冬希を、選手としても人間としても尊敬していた。雲の上のような人だとすら思っていた。それだけに、自分たちのチームで、彼に勝つことができるとは、到底思えなかった。
「有馬くん、調子は?」
「今までで1番いいよ。第1ステージの時と比べたら、もう別の人間になってるって感じだ」
有馬が、小玉に答える。
「あの時は、酷かったからなぁ」
東が言い、涌井が頷く。
「じゃあ、有馬くんは、僕の合図で飛び出してね。みんなは、有馬くんの援護だ」
「どの辺りで仕掛けるんだ?」
「まだわからない。本当にスタート直後の逃げ合戦とかになるかもしれない。長くなるかもしれないから、覚悟しててね」
「任せろ」
有馬は、力強く言った。全国高校自転車競技会でのステージ優勝は、子供の頃からの夢だ。覚悟など、その時からできていた。
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