第101話 春奈の声
表彰式の後、船、鉄道、新幹線、鉄道と乗り継いで、冬希達が佐賀市内のホテルに到着したときには、既に空は暗くなっていた。
明日は、「クイーンステージ」つまり、総合優勝を決するほどの、厳しい山岳ステージとなっている。神崎高校のメンバーも、今日は早めに就寝する予定だ。
新幹線の中で、沢村雛姫と堀あゆみに挨拶をされた。ステージ優勝した件のお祝いと、屋久島のホテルでの件のお礼だった。植原も立花も、誘ったが来なかったらしい。まだレースは2つ残っているので、選手という立場からすると当たり前だが、その辺が2人にはピンと来ないらしい。
その夜、冬希の方から春奈に電話をした。
「もしもし?」
「ああ、今大丈夫かい?」
「ボクは大丈夫だよ。冬希くんは?」
「こっちももう寝るだけ」
「そっか。今日も優勝おめでとう、ってもう散々言われたか」
「散々言われたなぁ。コブ付きの可愛い女の子2人からも言われたよ」
「ああ、雛ちゃん達か、残念だったね~」
「別に。それに、春奈から言われるのは、今日初めてだから嬉しいよ。ありがとう」
「えヘっ、どういたしまして」
冬希は、硬くなった心がほぐれていくのを感じた。
「でも、今日は電話かけてこないかと思った」
「ん?なんで?」
「ボクの言いつけを破って、無茶したから」
「いや、別に破ってないでしょ。死んでないし」
「もう、違うでしょ。死なないでねって言ったら、気をつけてってことでしょ」
春奈の、プンスカと怒っている顔が、冬希の目に浮かんだ。
「それに、無茶はしてないよ。かなり用心深く勝負したから」
「そうなの?」
「ああ、スタート前に、静岡の丹羽さんにも言われたんだ。調子がいい時こそ、良くないことが起こりがちだからって」
「あ、リタイアした人・・・」
「うん。残念だった」
冬希の本心だった。初めて話したが、仲良くなれそうな人だった。
「でも、用心深くレースして、よく勝てたね。TVでめちゃくちゃ褒めてたよ。すごい選手だって」
「うーん、自分では、特に高校入学した時と変わらず、普通の高校生な気がしてるんだけど」
「何も変わってないの?」
「うーん、改めて言われると・・・でも、肝は据わったかな。肝心なところで、慌てたりビビったりしなくなった。あと、思ったことは自信を持って行動に移せるようになったかな」
冬希は、立花にボトルを渡したときや、尾崎にタイヤの空気圧の件を指摘した時のことを思い出した。これまでだったら、散々悩んだ挙句、結局やらない、という結果になっていた気がしていた。そういう行動を起こせたのは、参加選手の中で、それなりに影響力が出るほどの結果を残して、自分に対して文句を言って来る人が居なくなったと言う感触があったのかもしれない。
「レースが人を成長させるんだね。うんうん、ボクは嬉しいよ」
「そうなのかな?」
「立花くんと堀さんは、仲直りしたみたいだよ。立花くんは人間的に大人になったんじゃないかって言うのが、植原くんの所感だと、雛ちゃんが言ってたよ」
「あいつら、イチャイチャしやがって。立花も植原も、絶対に勝たせないぞ。何がなんでも邪魔してやる」
「うわっ、心が狭い・・・小さい人間がいる!せっかくTVで、偉大な記録を打ち立てたって褒めてたのに、打ち立てた人間は偉大どころか、ちょっと見ないぐらい小さい人間だった!!」
「いるよ。俺ぐらいの人間はそこら中にいる。1000人居たら100人ぐらいはこんな感じだよ」
「え、それって結局10人に1人てことじゃない?」
「いや、そうなんだけど、そういう言い方すると、ちょっと多そうに聞こえるかなと思って・・・」
「本当にちっちゃい人間だよ、君は!そしてセコイ!」
その時、春奈の部屋の時計が21時を知らせた。
「明日は、また船津さんのアシスト?」
「多分。でもスプリント賞を守るために、スプリントポイントでは勝負することになるかも」
「そうなんだ」
「胆力はついた気がするんだけど、坂東さんだけは、怖い存在なんだよなぁ」
「へぇ」
「うーん、本当に手強くて油断できないのは、多分最後まで諦めない人だから」
あと、手段を選ばない人、と言う言葉を冬希は飲み込んだ。
「ボクが福岡に行くのは、明後日の朝になりそう」
「朝?」
「うん、始発に乗るから」
「もっとゆっくり来ればいいのに」
「ゴールデンウィークのUターンラッシュで、朝一の便しか取れなかったんだよ・・・」
春奈はげんなりした声で言った。
「じゃあ、会えるのは、最終ステージ終わった後かな」
「そうだね」
ほんのわずかの間、2人の間に沈黙が流れた。
「それは、表彰されて、いいところを見せないとな」
「もう、それよりも、無事にゴールしてくれれば、それでいいよ」
「ああ、まあそうか・・・」
血だるまで表彰台に上がっても、春奈は喜ばないだろうと、冬希は思った。
「じゃあ、まあ、無事に博多で会えるように」
「うん、気をつけてね」
春奈の声の余韻に浸りつつ、冬希は目を閉じた。そして、1分もしないうちに、深い眠りへと落ちていった。
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