第97話 全国高校自転車競技会 第8ステージ(屋久島一周)④

 残り1kmのアーチをくぐり、集団は一層活性化する。

 先頭は福岡の黒田で、その後ろには立花が控えている。古賀は、既に役目を終え、下がっていった。

 福岡の後ろは、佐賀の坂東(弟)、そして全日本チャンピオンの坂東輝幸、と続いている。

 福島のトレイン、荒、日向、松平が抜け出してきて、福岡を先頭とするトレインに寄せてくる。

「兄貴、もうダメだ。青山は来ねぇ!今行くしかねぇ!!」

 坂東裕理は、兄の坂東輝幸に悲鳴をあげるように叫んだ。

 福島のトレインが被せて来れば、佐賀は、前は福岡、右は福島で挟まれ、行き場を失ってしまう。

「馬鹿野郎!」

 坂東は弟を叱り飛ばす。今日のゴール前の目標は、優勝することではなく、冬希を押さえ込むことにあった。最初の目的を忘れ、前に出ようとする弟を叱るのは、そういう意味からであったが、閉じ込められたとしたら、冬希を封じ込める前に、むしろ自分たちが封じ込められてしまう。

「もういい、仕方ない。行けっ!!」

 坂東(弟)は、福島に被せられる前に、立花の右側から上がって、先頭に並びかけた。

 福島の荒が下がり、先頭は福岡の黒田、佐賀の坂東(弟)、福島の日向の3人が横並びになった、

 第1ステージのお返しとばかりに、松平が坂東へ寄せていく。坂東は抵抗して松平に頭をぶつけにいくが、屈強な肉体を誇る松平は、びくともしない。坂東も鍛え抜かれた、鋼のような肉体を持っているが、松平が強すぎるのだ。


「馬鹿だな、お前ら」

 松平が坂東に言った。

「なに!?」

「青山は来るぜ」

「奴はいない、後方に沈んでいる。船津のアシストに徹している筈だ」

「だから言ったろ。馬鹿だって」

 松平は、不敵な笑みを浮かべる。

「男って奴は、戦うことでしか自分の価値を確認できないんだ」

「それが理由か?脳筋が。レースって奴は、頭を使ってやるもんだ。お前を基準に考えるな」

 坂東が、いらいらした様子で言い返してくる。

 福島のさらに右から、島根の木下、坂田、そしてエーススプリンター草野のトレインが上がっていく。

 松平、坂東、立花が、各々自分のアシストの後ろから、島根のトレインに乗り移っていく。先頭は、島根の木下に変わった。

 福岡の黒田、佐賀の坂東(弟)、福島の日向は、役割を終えて下がっていく。


 脚を使い切った坂東裕理は、息も絶え絶えで下がっていく。

 ふと後ろを振り向くと、緑色のジャージが一瞬見えた。

「チッ、ヤベェ、青山だ!やっぱり奴が来た!!」

 坂東裕理は、慌ててハンドルを切るが、坂東裕理が寄せる前に、冬希はその横を突き抜けていった。

「兄貴!!青山だ!!」

 坂東裕理は叫んだ。


 坂東と松平が言い合っていた頃、冬希はまだスプリントに参加すべきかどうか、迷っていた。

 前日、春奈から「死なないでね」と言われた。それが、フラグのような気がしてならなかったのもある。そして、今朝、リタイアしてしまった丹羽に、気をつけろと言われた。

 何か危険な匂いがする。

 冬希は、4大スプリンターの1人、山梨の柴田健次郎の背後に入り、そこでずっと息を潜めていた。

 逃げ出そうか、とも思った。しかし、なぜか春奈の顔が脳裏に浮かんできた。

「逃げ出してしまったら、合わせる顔がないな」

 無事に帰って来れば、春奈は喜んでくれるだろうと、冬希は頭ではわかっていた。しかし、彼女の見ている前で、逃げ出すのは、冬希にはもはや難しいことになってしまっていた。

 それはもはや、ただの矜持の問題だった。

「まぁ、勝負するなと言われたわけではないし、気を付けて勝負すれば大丈夫ですよね」

 忠告してくれた丹羽に、心の中で一言、お断りをしつつ、問題の佐賀のトレインを見つめていた。

 ゴールまで残り500mを切ったところで、坂東の弟が下がってくるのが見えた。これで佐賀のアシストは全員の筈だ。

 柴田と同じ4大スプリンターの1人で、北海道のエース土方一馬が上がって行き、柴田はその後ろにつけて、上がっていく。

 冬希も、その後ろにつけて、一緒に上がって行った。

 坂東の弟が、上がっていく冬希に気づいて、何かを喚きながら、寄せてきた。

「おっと」

 冬希は、ギアを一段上げて加速し、それを躱していく。

 先頭は、島根の坂田、そして草野、松平、坂東、立花、土方、柴田、冬希の順で、残り300mの標識を通過した。

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