第98話 全国高校自転車競技会 第8ステージ (屋久島一周)⑤

 残り300mを切って、まず最初に仕掛けたのは、福岡の立花だった。

 立花は、ピュアスプリンターというわけではなく、どちらかというと、スプリントもできるオールラウンダーというタイプなので、瞬発力勝負になると、他のスプリンターたちに対して、分が悪い。早めに仕掛けて先行逃げ切りを決めるしかなかった。

 それに食らいついたのは、全日本チャンピオン、佐賀の坂東だった。

 立花ほどではないが、4大スプリンター達に比べると、やはり分が悪く、早めに仕掛けるしかなかった。

 しかし、そこに草野、松平、柴田、土方が一気に襲いかかった。

 立花、坂東はあっという間に飲み込まれる。

 坂東は、負けを悟るが、1ポイントでも多くスプリントポイントが欲しいので、踏み続ける。立花に並びかけようとした時、緑色のジャージが視界に入った。

「青山っ!!」

 坂東は急いで冬希に寄せようとするが、スピード差がありすぎ、届かない。

 坂東が冬希に寄せていっている間に、坂東と立花との差は開き、熊本の小泉や、鹿児島の加治木にも躱されてしまった。


 冬希は、ゴール前130m付近で坂東を躱して、全力スプリントに入った。佐賀の坂東兄弟を抜いた今、これでようやく安心してスプリントに臨める。

 必死でスプリントをする。瞬発力だけが冬希の武器だ。しかし、トップスピードに乗った、4人の3年生スプリンターとの差が縮まらない。

「速い!!」

 冬希は、スプリンタースイッチに指をかけ、2回ギアを上げる動作を行なった。

 一気にペダルが重くなる。

 だが、冬希は構わず、両腕でハンドルを引き、その反動でペダルを踏んだ。

 冬希のBianchiは、グンと加速した。

 全てがスローモーションの様に冬希の両目に映る。

 松平の脚色が少しだけ鈍ったように見えた。

 柴田は必死にもがいているが、柴田のパワーとコースの傾斜に対して、ギアがほんの少し軽く、スピードに伸びがない。

 草野と土方では、若干だがトップスピードで土方の方が勝っている。

 冬希は、土方の後輪を、自分の前輪で掠めるかどうかというギリギリを通って、土方の右から並びかけた。

 土方は、ハンドルに頭をつけんばかりに姿勢を低くし、スプリントをしている。

 冬希は、土方のスリップストリームから出て、さらに加速する。

 土方が勝利を確信し、右腕を上げようとした瞬間、冬希は土方より、ほんの10センチほど先に、ゴールラインを通過した。


 春奈は、自宅でスタートからレースを見ていた。

 ネット配信では、実況、解説がつかないため、地上波のTV中継が始まってから、TVに切り替えた。

 実況者は、北海道の土方が勝つと予想し、解説者は、島根の草野が勝つと予想していた。

 冬希が候補に上がらなかったのは、船津のアシストに徹するのではというのと、流石に1大会4勝はないだろうという2点からだった。過去30回程行われた大会だが、1人で1大会ステージ4勝をした選手は、2人しかいない。

 4大スプリンターの争いになった時、土方が少しだけリードして、実況は、

「土方だ!!」

 と叫んだ。

 だが、次の瞬間、土方の背後から飛び出した冬希が、土方に並んでゴールしていた。

実況「・・・」

 実況は、言葉を失った。

 解説は、ふぅ、とひとつ息をつくと

解説「・・・強い」

 とつぶやいた。

 ステージ4勝目。歴代1位タイ。1年生でのステージ4勝は、無論、史上初の快挙だった。

 勝負は際どかった。だが、春奈の目にもはっきりわかるぐらいには、冬希は土方を躱していた。

 春奈は、TVの前で呆然としていた。

 冬希が出場していることで、それなりに高校自転車競技の世界について、春奈も色々調べ、詳しくなったつもりだった。

 そんな中、冬希の出している結果が、尋常なことではないということを、春奈は、はっきりと理解した。

実況「・・・強すぎます!!」

解説「いや・・・これはもう、手が付けられないですね・・・」


 春奈は、自分の身近な存在である冬希が、驚異的な結果を残し続けていることに対して、非現実的な感覚の中にいた。

「かっこいい・・・」

 無意識のうちに、春奈は呟いていた。

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