第95話 全国高校自転車競技会 第8ステージ (屋久島一周)②

 神崎高校の浅輪春奈は、TVから流れるスタートシーンを、自宅のリビングでソファーに座って見つめていた。昨夜の冬希の様子がなぜか気になっていた。

実況『本日は、序盤に登りはありますが、平坦基調のステージです。勝利を手にするスプリンターは、いったい誰でしょうか!?』

 いつものように、威勢のいい実況が始まる。それに対し、先頭に並んでいる4色のジャージを着た選手の中、黄緑色のジャージを着用する冬希は、少し沈んだ表情をしている。それが、春奈の不安を強くした。

「無理しないで。無事に帰ってきて・・・」

 春奈は、不安を胸に、TVの中の冬希を見つめた。


 冬希が集団の先頭に誘導されてきた時、すでに総合リーダーの船津、山岳賞ジャージの尾崎、新人賞ジャージの植原がスタートラインに並んでいた。

 冬希は、3人と自転車を並べる。

「尾崎さん、丹羽さんが辛そうでした」

「丹羽に会ったのか、青山。今日は、集団で休むように言ってあるのだが・・・」

 尾崎も心配そうだ。

「みなさん、撮影しますので、カメラの方を向いてください」

 全員が、カメラに笑顔をむける。冬希も、丹羽が心配な尾崎も、気丈にカメラに笑顔を向けていた。


 スタートして、すぐに1人逃げが形成された。

 「逃げ屋」京都の四王天がスタートダッシュを決めた形だ。だが、それ以上の逃げを、スプリンターチームが許さない。

 最終ステージを除けば、最後の勝機のあるステージだ。大人数を逃して逃げ切られるような事態を避けたいのはわかるのだが、1人逃げの状態で集団をコントロールするのは、流石に無理がある。

 スタートしていきなり向かい風で、四王天の逃げもスピードに乗れない。

「おい、お前らいい加減にしろ。時速30kmで今日のレース回る気か!?」

 福島のエーススプリンター、松平が怒鳴る。

 スプリンターチームも流石にまずいと思ったか、ポツポツと逃げを容認する動きとなった。

 すかさず佐賀の坂東が、一瞬スプリンターチーム達の追撃の手が緩んだ隙に集団から抜け出し、逃げ集団を追って走り去っていた。

「追わなくていい!」

 福島で松平のアシストを務める日向が、坂東を追おうとする選手たちを制す。

 今日のステージ、坂東には逃げで脚を使ってもらい、疲れるだけ疲れて最後のスプリント勝負から外れた方が、スプリンターチームたちにとって都合が良いと思ったのだ。


 7人ほどの逃げが形成され、最初の山岳ポイントは、宮崎の小玉が獲得した。1年生チームの宮崎も、爪痕を残そうと必死だった。だが、その後のスプリントポイントは、坂東が獲得、206ptで暫定的にスプリントポイントの1位となった。

 7人の逃げが通過した後、メイン集団の先頭を走っていた冬希が、8位通過で8ポイント獲得するが、201ptで、坂東に逆転されたままとなった。

 このままゴールすれば、冬希は、スプリント賞のグリーンジャージを失うことになる。

 当の冬希は、全く気にした様子もなく、逃げ集団との差が縮まらないように、マイペースで走り続けている。

 佐賀の全日本チャンピオン坂東輝幸の弟、坂東裕理や、同じく佐賀の鳥栖が、冬希の獲得するスプリントポイントを減らそうと、冬希の前でスプリントポイントを通過すべく、前へ上がって来たが、道路の両端を北海道と福島のチームに塞がれ、断念した。

 北海道のエーススプリンター、土方にしても、福島の松平にしても、逃げ集団との差を、今はまだ縮めたくないため、スプリントポイントで無駄な争いをやって欲しくはなかったのだ。


 スプリントポイントを通過してしばらく経つと、メイン集団の前に、1台のモトバイクが現れた。

 逃げ集団とのタイム差を教えてくれるのかと、冬希をふくむ、メイン集団のほとんどの選手が思っていたが、ホワイトボードに書かれていたのは、全く別の内容だった。


【No.2 OUT】

 ゼッケン番号2番、丹羽智将が、レースをリタイアしたという通知だった。


 冬希は、息を呑んだ。

 船津は、天を仰いだ。

 尾崎は、静かに肩を落とした。


 誰も予想がつかない形で、総合争いに決着がついたのを、誰もが感じた瞬間だった。

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