第71話 第5ステージ 表彰式
阿蘇山頂横の駐車場に設けられたゴールに、続々と選手が戻って来た。
山頂付近には、噴火の際に避難するためのコンクリートの小屋みたいなものや、火山ガスの濃度ごとの危険度を表した看板が設置されている。
今日は、集団から遅れたのが最終山岳だったので、タイムオーバー前に、少し余裕をもってゴール出来た冬希は、興味津々で火口を覗き込んだり、噴石と火山ガスが同時に来たら助からないので、もし噴火したらすぐに自転車で逃げようなどと、くだらないことを考えたりしながら表彰式の時間まで、火口付近をうろうろしていた。
福岡産業高等学校の選手たちが、近田を囲んでステージ優勝を喜んでいる。
だが、それを遠めに見ている、もうひとりの福岡の選手がいた。
植原と並ぶ、1年最強と前評判が高かった立花道之だった。
自分のチームの選手がステージ優勝をしたのだから、歓喜の輪に加わるのが当たり前だが、立花はチームに対して後ろめたさがあり、距離を置いていた。
残り1人の選手が俺じゃなければ、もっと楽に勝てたのではないか。第3ステージで、俺が不用意にスプリントに参加しなければ、チームのみんなに集団コントロールをやらせたりすることもなく、もっと戦えたのではないか。そんな事ばかりを考えていた。
「みーくん!」
立花が振り向くと、そこには部外者立ち入り禁止の柵の向こうで、立花の幼馴染の堀あゆみが手を振っている。
開幕前、あゆみからは「先輩たちと、なかよくせんといかんよ」と言われていた。だが、その忠告に背いた挙句、この体たらくだ。立花は、あゆみに合わせる顔が無かった。
辛うじて片手をあげ、声にこたえるが、立花はすぐに視線をそらしてあゆみのまえから去って行った。
表彰式を待っているステージの袖では、新人賞の植原と、火口見学から戻ってきたスプリント賞の冬希が、その光景を遠目で見ていた。
冬希もうわさでは聞いていたが、やはり立花はチームとうまくいっていないようだ。
「あの子、かわいそうね・・・」
植原の所属する慶安大付属のマネージャー沢村雛姫が、冷たいタオルを持ってきて植原に渡し、もう一つを、チームの違う冬希にも貸してくれた。
顔を拭くと、疲れが吹き飛ぶほど気持ちいい。
「あの子は、中学の時にも立花の応援に来ていた。幼馴染だそうだ。その時の二人は、本当に仲が良かったよ」
二人にとって、今の状況は、さぞ辛いだろうと、冬希は思った。上手くいかない時というのは、そういうものなのかもしれない。
ステージ優勝の表彰式のために、福岡の近田もステージ横に来た。
冬希と植原は、近田に、おめでとうございます。と声をかけた。
植原と近田は、先ほどまでステージ優勝争いをした仲だし、冬希と近田は第3ステージの後に少し話をしており、面識はあった。
近田は笑みを浮かべ、ありがとう、と一言いって、ステージの袖に歩いて行った。
冬希は近田に、立花のことを聞いてみようと思ったが、結局止めた。
今のところ、福岡は調子が良いし、変なことを言ってリズムを崩させてしまってはいけないと思った。
総合リーダーとなった船津もステージ横に来て、表彰式が始まった。
近田がステージ優勝で表彰され、涙を流している。熱血漢と言った男ではあるが、昨年は期待されながらも序盤で落車によりリタイアしたため、国内で有数の実力者ではあるが、実は全国高校自転車競技会でのステージ優勝は、これが初めてだった。
軽く3勝した冬希に対して、近田のこの1勝は重い。
次に総合成績の表彰式だ。船津が総合リーダーの証であるイエロージャージを着た。
船津には、総合リーダーの喜びより、明日以降のことを考えての緊張の色の方が強く見えた。
山岳賞の秋葉の表彰式が先に行われ、スプリント賞の冬希、新人賞の植原も表彰式をこなしていく。
■第5ステージ結果
1:近田 徹(福岡) 401番 0.00
2:尾崎 貴司(静岡)1番 +0.00
3:船津 幸村(千葉)125番 +0.02
4:植原 博昭(東京)131番 +0.04
5:丹羽 智将(静岡)2番 +0.12
■総合成績
1:船津 幸村(千葉)125番 0.00
2:丹羽 智将(静岡)2番 +0.10
3:尾崎 貴司(静岡)1番 +1.48
3:近田 徹(福岡) 401番 +1.48
■スプリント賞
1:青山 冬希(千葉)121番 193pt
2:坂東 輝幸(佐賀)441番 106pt
3:柴田 健次郎(山梨)191番 71pt
■山岳賞
1:秋葉 速人(山形) 61番 37pt
2:船津 幸村(千葉)125番 32pt
3:近田 徹(福岡) 401番 30pt
■新人賞
1:植原 博昭(東京)131番 0.00
2:有馬 豪志(宮崎)451番 +3.01
3:南 洋平(栃木)95番 +11.38
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