第70話 全国高校自転車競技会 第5ステージ(内牧~阿蘇山頂)④4強の戦い

 春奈は、TVに見入っていた。

 先頭集団は5人、その中に春奈と同じ神崎高校の船津もいる。

 冬希と一緒に自転車を組み立てる時、船津もいろいろとアドバイスをしてくれた。

 知的で温厚な不思議な雰囲気を持った先輩だった。

 同じく知的な印象を受ける先輩である平良潤がクール系なら、船津は自然体という感じだ。

 その先輩が、日本トップクラスの選手たちと死闘を繰り広げている。

 先頭を曳く静岡の丹羽をかわし、福岡の近田が先頭に出る。そのまま近田を含めた5人は、バイクカメラを追い越していく。

 そこで画面が切り替わり、先頭から遅れて坂を上っていくグリーンジャージの選手が映し出される。

 冬希だ。

 TVの字幕では、ゼッケン番号と氏名、そしてその横にグリーンジャージを着た冬希の優しそうに笑う写真が選手紹介として表示されている。

 しかし、実際に走っている冬希は、アイウェアと呼ばれるサングラスをつけているにもかかわらず、心配そうに山を見上げているのが見て取れた。

「冬希くん・・・」

 春奈は、現地で戦っている冬希達を思うと、胸が締め付けられる思いがしていた。


 近田のアタックは、先頭集団のペースを少し上げたかったからだった。

 5人の後ろから、一度は千切れた総合上位勢と静岡のアシスト2名を含む小集団が、また先頭集団に近づきつつあった。

 近田は後ろを振り返る。そこそこ本気のアタックだったが、丹羽がしっかりと近田の後ろに付き、その後に静岡のエース尾崎、千葉の船津、東京の植原が続いていた。

「静岡は、毎年良いアシストをそろえてくる」

 近田は、丹羽の働きに感心していた。

 さらに植原の後ろ、50mぐらいのところにいる小集団には、静岡のジャージを着た選手がまだ2名ほど残っている。

 尾崎に何かあった時にサポートできるよう、可能な限りに先頭に近い位置を維持するつもりなのだ。

 だから、近田は小集団を先頭集団に近づけたくなかった。

 そのためのアタックだった。


 残り1kmで、アタックを掛けたのは、なんと東京の1年植原だった。

 船津は、植原の仕掛けに反応し、植原の真後ろに付ける。

 近田、尾崎も追うが、丹羽は一旦はついて来れない。

 植原は、自分が今日、どの程度調子が良いか確かめるためにアタックをした。

 一旦足を緩める。まだ余裕はある。今日はいけるかもしれない。

 ペースが一度落ちたタイミングで、もう一度丹羽が追い付く。

 だが、先ほどのアタックで強気になった植原は、もう一度強烈なアタックを仕掛けた。

 他の3人は反応するが、丹羽は付いて来れない。総合リーダージャージの丹羽は、ついに先頭集団から脱落していった。

 先頭集団は、エース4人になった。


 植原のアタックは、キレもスピードも強烈だったが、3年生3人を引き離すには至らなかった。

 引き離せないと見た植原は、一旦足を緩める。今度は尾崎がカウンターでアタックを掛けた。

 尾崎が自分からアタックを仕掛けるのは、今日初めてのことだ。

 そしてその乾坤一擲のアタックは、植原のみならず、船津も引きちぎった。

 これが、昨年総合優勝で最強チーム静岡の絶対的エース、尾崎の実力か。

 植原も船津も、あまりのことに呆然と見送るしかなかった。

 だが、近田は違っていた。尾崎の渾身のアタックにも耐え、さらにそのカウンターでアタックを仕掛けた。

 尾崎は必死に食らいつく。

 近田は全力で逃げる。

 船津ももう一度食らいつこうとするが、後ろに付けない。

 植原は、完全に遅れた。


 ゴールラインを通過する。

 1位近田、2位尾崎、そして少し離れて3位船津、5秒ほど遅れて4位植原の順でゴールラインを通過した。

「強い・・・」

 残り100mの時点で、まだアタックを仕掛ける余裕を持っていた二人に、船津は脱帽した。

 単純な実力だけで言うと、この二人は今回の大会で断トツの実力を持っているだろう。

「船津さん、総合リーダーおめでとうございます」

 疲れ切った植原が、船津に声をかけて、ゴールの先にある駐車場へ進んでいった。

 総合リーダージャージの丹羽が遅れたため、船津が総合1位となり、明日のイエロージャージの着用が決まった。

 船津は思う。確かに実力では二人が上かも知れないが、船津は二人に対してまだ1分半以上、総合タイムでリードしており、二人にそれ以上差をつけられなければいいのだ。

 冬希が作ってくれたこのタイム差を守り切るだけでいい船津は、他の二人よりもはるかに有利な位置にいるのだ。

 船津は、自分の弱気を封じ込めた。

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