第69話 全国高校自転車競技会 第5ステージ(内牧~阿蘇山頂)③

 主導権を握っていた静岡から、一気に福岡が仕掛けていった。

 メイン集団を崩壊させた舞川は、さらにペースを上げていく。

 冬希のチームメイト、平良潤は、普段は遅れない選手であるはずだが、郷田、冬希と一緒に、ついには集団から脱落していった。


 総合争い上位では、151番新潟の秋岡、231番愛知の西野、331番岡山の森野、341番広島の星野といったあたりが、先頭から遅れ始めている。

 先頭集団は、11人程度まで絞られてしまった。

 逃げていた秋葉は、抵抗する間もなく、既に先頭集団に追い付かれ、抜き去られてしまった。

 秋葉としては、今日は調子も良く、逃げ切りが一瞬頭を過った瞬間に、ものすごい勢いで抜き去られたため、何が起こっているのか、まったくわからないという表情だった。

 残ったのは、ほぼ総合上位のエースクラスで、アシストは千葉の平良柊、福岡の舞川、そして静岡の丹羽の3名ぐらいだ。

 舞川は背後を振り返る。集団が絞られたことに満足して、一旦ペースを落とすと、遅れていた総合上位勢が追い付いた。

 舞川は、後ろを見る。

 静岡は、丹羽、尾崎の順だ。静岡のアシストがまだ残っていたころは、尾崎が前で、丹羽が後ろだった。

 

 千葉、神崎高校のエース船津は、前を曳いてくれている山岳アシストの平良柊の様子を見る。

 かなり辛そうだ。

 先頭を曳いているわけではないし、柊自身は山岳が得意な選手ではあるが、同じアシストでも昨年の山岳賞の舞川や、国体優勝の丹羽と比べるのは酷というものだ。

 先頭から福岡の舞川、近田、そして静岡の丹羽、尾崎、そして自分たちで後ろには東京の植原と、その他の総合エースたちが続く。

 ただ、舞川が先頭の時間もかなり長くなってきている。スタミナが無尽蔵であるわけではないので、どこかで何かあるはずだと、船津は思っている。

 尾崎もまだ動いていないし、丹羽も含め、静岡の二人は不気味な存在だ。


 勾配がきつくなった瞬間だった。

 一気に舞川が残りの力を振り絞り、スパートをかけ、近田がついて行く。

 丹羽、尾崎が追う。

 柊はとても付いて行けない。

 船津は柊にありがとう、と一言告げて尾崎を追う。

 植原も辛うじてついてくるが、余裕は全くない。

 群馬の泉水もついてこようとするが、それ以降は完全に遅れている。

 どんどんペースを上げ、ふと舞川が牽引を止める。

 すると、舞川の後ろにいた近田が、追い抜きざまに舞川に一言声をかけ、さらにペースを上げた。


 今度は、船津も植原も付いて行けない。

 近田、丹羽、尾崎の3人のみの集団となる。

 

 さらに近田がペースを上げた時、舞川が見たかったその瞬間が訪れた。


 丹羽と尾崎が近田から遅れた。

 いや、厳密にいうと、尾崎が遅れ、それを見た丹羽が足を止め、尾崎を待った。


 近田、舞川、船津、植原の4人全員が、静岡は総合リーダーの丹羽ではなく、そこから2分遅れている尾崎の方で勝負するという事を確信した瞬間だった。

 

 千葉の神崎高校は、船津ではなく冬希が総合リーダーと思わせることで奇襲を行った。

 そういう意味で言うと、福岡のこの仕掛けにより、静岡はチームの作戦を丸裸にされた結果となった。

 

 尾崎は、一定ペースで登るタイプの選手で、近田は純粋なクライマーだ。

 近田と舞川の作り出したペースの変化に対応できなかった。

 しかし、尾崎は息が上がったわけではなく、近田もそのままのペースで山頂まで行けるとは思っていないため、近田は足を休め、その間に丹羽と尾崎が近田に追い付いた。

 近田は、丹羽と尾崎に先に行かせ、その後ろに付く。上手く静岡勢を使う作戦だ。

 さらには、船津、植原も追いついて、合計5人の先頭集団が出来上がった。


 先頭は丹羽が曳き、尾崎は下がり、船津の後ろに付けた。

 丹羽(静岡)、近田(福岡)、船津(千葉)、尾崎(静岡)、植原(東京)の順だ。

 

 そこで、近田が再びアタックを仕掛けた。

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