第50話 第2ステージ作戦会議

一、静岡 1番 尾崎貴司(3年)

 静岡代表、洲海高校の尾崎貴司は、翌日はスプリント賞のグリーンジャージを着用してレースに臨むことを係の人から告げられた。

 第1ステージのゴールで、尾崎は2位30ポイントを獲得している。

 スプリントポイントトップは、ステージ優勝した冬希が50ポイントを獲得して断トツだったが、2番手は僅差だった。中間スプリントポイントで上位につけていたスプリンター達が軒並み崩れ、ステージ3位の20ポイントを獲得した草野は中間スプリントで7位9ポイントだったため、合計しても29ポイント。

 明日は冬希が総合リーダーのイエロージャージを着用するため、繰り上がりでスプリントポイント2番目の選手がグリーンジャージを着用することになるが、1ポイント差で尾崎に決まったのだ。

 尾崎にとっては、何も貰えないよりは良い、ぐらいの感覚だった。最終的に目指すのは、総合優勝だ。イエロージャージ以外にそこまで執着は無い。

「青山冬希か・・・」

 総合系の選手なのか、スプリンターなのか、恐らく殆どのチームで頭を悩ませているだろう。

 表彰台では、総合狙いだと言っていた。だから、総合系の選手だという結論に落ち着くだろう。だが、尾崎には、何か引っ掛かるものがあった。

 それが何かはわからない。いずれは明らかになるだろうが、その時に取り返しのつかないことになっているのではないか、という不安もあった。

 チームメイトの丹羽智将が近づいてくる。

「尾崎、お疲れ様、惜しかったな」

「ああ、でもまぁ仕方ない。ボーナスタイムを獲得できただけで良しとしよう」

 静岡のアシスト陣は、丹羽も含め全員山岳アシストだ。総合優勝争いが、集団でゴールする平坦ステージではなく、差が開きやすい山岳ステージで決まることが多い為、そういう布陣になっている。

 当然スプリントのアシストに関しては、スプリンター系チームほど習熟しておらず、今日もゴール前でバタバタになってしまった。それでも尾崎が2位にはいれたのは、慣れていない仕事でもそこそこ対応できてしまう個々の能力の高さのなせる業だった。

 尾崎は、他のアシストたちの労もねぎらうべく、チームメイトのもとへ向かった。


二、作戦会議


 選手たちは、博多駅の近くの、航空会社の経営するホテルで着替えたのち、そのまま福岡空港から次のスタート地点のある鹿児島空港へ移動する。

 荷物は、今朝の時点でホテルから直接鹿児島のホテルへ発送されており、既に着いているはずだ。自転車も大会運営者が責任をもって鹿児島へ運んでくれた。

 選手たちが乗った飛行機は、上昇したと思ったら、下降を始め、1時間もしないうちに鹿児島空港へ到着。そのまま大会運営者が予約したそれぞれのホテルへ移動となった。

 冬希たち神崎高校の選手たちも、無事に鹿児島市内のホテルにチェックインした。

 夕食まではまだ時間があるため、3年生の泊まる部屋に集合し、早くも明日の作戦会議に入る。

「我々の目標は、総合リーダージャージの取得にあった」

 チームリーダーでキャプテンの船津が中心になって話す。

「だが、第1ステージでそれを達成してしまったわけだ。今日このまま千葉に帰っても、成果としては十分だろう」

 冬希は、冗談めかして言う船津を意外そうに見ていた。ひたすら真面目な先輩だと思っていたのだ。

「だが、総合リーダーを獲得するという事は、日本中の期待と、それに応える義務を背負うことになる。厄介なものを持ってきたな、青山」

 冬希は、苦笑しながら、すみません、と頭をかく。

「だが、おかげで俺個人の、総合リーダーを獲得しなければならないというプレッシャーからは、解放された。青山。本当にありがとう・・・」

 この時、初めて冬希を含む、船津のチームメイト4人は、船津が強いプレッシャーと戦っていたのだということを知った。そういったものを一切表に出さない男だった。

「青山が総合リーダーになったので、明日はうちが集団を先頭でコントロールすることになる」

 船津が中心となって話をしている。

 ステージレースでは、総合1位の選手を擁するチームが集団を牽引するという不文律が存在する。

「逃げる選手の中で、逃げ切ってしまうと総合1位を奪ってしまいそうな選手は、我々で潰しにいかなければならない・・・が、まだ第2ステージなので、基本的にみんなタイム差が無い。平坦ステージは、逃げ切りが少ないから、多くの人数を逃がさなければ大丈夫だろう」

 総合タイムで逆転されそうな選手を全部潰そうと思ったら、昨日集団でゴールした選手全てをマークしなければならなくなる。

「表彰台で、青山は総合狙いだという事を言った。それを聞いた全員が、青山が総合を狙うリーダーだと思っただろう」

「チームのゼッケンNoが1番ですしね」

「ああ、だが、冬希は誰が総合狙いかという事まで言いませんでした。それは、冬希が総合狙いだと見せかけて、静岡や東京、福岡の総合系エースたちを騙し、船津さんが総合優勝を狙うという意図で間違いないな?」

 潤が冬希の方を見る。

「はい、そういう意図です。理事長の目標である総合リーダージャージは、もう吹奏楽部の部長さんから渡してもらうよう手配しています」

 冬希は、シニカルな表情を全員に向けた。贈ったというより、押し付けたといった表情だ。

「神崎理事長への責任は果たしたという事で、あとは自分たちのために船津さんの総合優勝を狙いましょう!」

「船津さん、僕もいい考えだと思います。第4ステージで初めての山岳ステージになりますが、そこで冬希が注意を引き付けて、船津さんがアタックすれば、ライバルたちを出し抜ける可能性は高いです」

「そうだな。そのためには、ぜひ第4ステージまで青山には、リーダージャージをキープしてもらわなければな」

 船津の言葉に、冬希がギョッとする。

「お前、可哀そうだな。日本の高校自転車競技の最強の選手たちがお前を潰しに来るぜ。立って千葉に帰れないな・・・」

 柊が、ぽんぽんと冬希の背中をたたく。

「俺たちも、全力でサポートする。お前はリーダーの面をして堂々と走っていればいいんだ」

 郷田が言った。冬希は心強くなった。言い方は気になるが・・・。

「明日、逃がしてはいけないのは、各校のエースクラスの選手だ。一覧を作ってプリントしておくので、各自明日自分の自転車のトップチューブに貼っておくように」

 作戦会議は解散となった。

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