第48話 第1ステージ 表彰式
3㎞のバナーを通過する選手たちの姿を、神崎高校の理事長の執務室にてTVで確認した神崎は、集団を曳き続ける郷田とその後ろの冬希の姿を見て驚いた。
ミーティング通りなら、5人は残り3㎞を過ぎたら集団後方に下がっていく予定だった。
船津と平良兄弟が下がって、2人だけ残ったという事は、恐らくスプリント勝負をするという事だろう。
チームリーダーの船津の心境に何か変化があったという事だろう。細かいことは船津の決定に任せてある。
テレビでは空撮で、集団の先頭が上から映し出されている。
実況『現在、先頭は千葉が曳いています。ゼッケン番号122番、郷田と121番、青山のトレインです』
上空から背中のゼッケンを確認し、二人の名前が呼ばれる。
実況『ここからスプリンター勢が上がってきます。柴田、草野、土方、小泉と加治木の姿も見えます。福島のトレインがここで出てきました』
最後の直線に入り、空撮から、大博通りに設置された定点カメラに映像が切り替わる。
定点カメラは前からの映像で、距離感が分かりづらいが、神崎には自校の青いジャージが10番手ぐらいに位置しているように見えた。
「青山君・・・」
自分が認め、引き入れた生徒が、必死に戦っている。
実況『おおっと落車だ!!』
神崎は心臓が止まる思いがした。
解説『ああー、松平ですね』
実況『優勝候補の一角がここで斃れた。転んではいないようですね』
解説『はい』
神崎は、ほっとした。青山はまだ前の方に取り付いているようだ。
実況『坂東が先頭だが、小泉が仕掛けた!加治木も来た!坂東も抵抗する、柴田、草野、土方、横一線!』
神崎は身を乗り出した。
「いけ・・・いけええええええ!!」
我を忘れて絶叫する。
突然、草野と土方の間から青いジャージが飛び出して来た。信じられないスピードだ。
実況『青山が来た!並ぶ間もなく突き抜けた!!』
「あおやまあああああああああああ!!」
無心で叫ぶ。
実況『外から・・・尾崎だ!!尾崎がスプリント!!』
外側から、黒いジャージが来た。
ほぼ同時にゴールラインを通過したように見えた。
「どっちだ・・・」
実況『わずかに青山です!千葉の青山が第一ステージを制しました。凄い脚!!』
神崎は、椅子にへたり込んだ。手が震える。
「勝ったのか・・・」
信じられない。非の打ち所の無い、堂々たる勝利だ。己がずっと背負ってきた、夢とか、後悔とか、重荷のようなものから、これで解放されるのか。まだ実感はない。
テレビの実況が聞こえてくる。
実況『いや、第1ステージから凄いレースでした。各チームのエースがそろい踏み。しかし、それをまとめて差し切ったのは、千葉のエーススプリンター、青山冬希でした。彼はまだ1年生なんですね』
解説『そうですね』
実況『1年生でありながら、4大スプリンター達、松平は勝負できませんでしたが、あと全日本チャンピオンの坂東、そして去年の総合優勝の尾崎をまとめて倒しました』
実況『彼は非常に落ち着いていましたね。坂東が早めに先頭に立ってしまって、外から小泉、加治木が来た時に、土方、柴田、草野も仕掛ける・・・彼らはちょっと早すぎましたね』
だが、神崎の頭には入ってこない。
神崎は、自分が涙を流していることに気が付いた。そして、そのまま机に突っ伏した。
表彰式が始まるまで、そのまま神崎は顔を上げることが出来なかった。
ゴールラインを通過した冬希は、大会係員の誘導に従い、ゴールの先で自転車を停めた。
「あっぶなかったー」
ゴールがあと2~3メートル先だったら差されていたかもしれない。
「おめでとう」
昨年の総合優勝者、ゼッケン1番の尾崎が、負けたにもかかわらず、冬希を祝福し、去って行った。
「はぁ、男前だなぁ」
冬希が自転車を止めた横を、次々とゴールした選手が通り抜けていく。
「冬希ぃいいい!!」
声の方を向くや否や、柊が抱き着いてきた。
「やったな。青山」
郷田が手を差し出し、冬希はそれを握り返す。その向こうで、船津と潤が信じられないといった表情で冬希を見ている。
「本当に・・・勝ったのか・・・?」
「みたいです」
冬希は苦笑する。冬希より強力なスプリンターは多く居た。ただ、彼らは全員思う通りの展開にならずに、冬希は全てが上手くいった。ただそれだけなのだ。
冬希は、信じられないような幸運に驚きつつも、これもレースなのだろうと弁える。
一通り集団がゴールしたタイミングを見計らって、カメラマンたちが冬希のもとに集まってきた。
表彰式が始まる。
冬希は博多駅前の広場に作られたステージの袖で待機する。
『第1ステージの優勝は、千葉県代表、青山冬希選手です!』
大歓声が上がる。冬希は手を振りながらステージに上がったが、あまりの観衆の多さに顔が引きつりそうになる。笑顔、笑顔と、無理矢理顔を笑った作りにする。学校を代表しているのだ。無様ななりを晒すわけにはいかない。
福岡市長からステージ優勝の盾を受け取り、地元の高校の女の子から花束を受け取る。かわいい。冬希の顔が一瞬デレっとする。
報道部活連の腕章をつけた女子からのインタビューが始まった。
『今日は素晴らしい勝利でした』
『ありがとうございます。本当に展開が上手くはまったという印象です』
『最初から狙っていたのですか?』
冬希は一瞬考えたが、事実を微妙にぼかして話すことにした。
『いえ、うちは総合狙いだったので、今日は本当は勝負するつもりはありませんでした』
最前列に居た船津と、潤がはっとした表情になった。
『ほう、ではなぜスプリントすることになったのですか?』
『レース終盤、一番苦しい時に聞こえたんです。自分たちの神崎高校の校歌が』
観衆の中を見渡す。表彰式に来てくれているかもしれないし、応援してくれていた草香江でテレビを見てくれているかもしれない。
『吹奏楽部が応援に来てくれていることを、その時我々は初めて知りました。彼らの演奏する校歌が、自分たち全員に勝負する勇気をくれました。相手がみんな強いことはわかっていましたが、恐れるものは何もありませんでした』
スマートフォンに映し出された表彰式の中継で、その冬希のコメントを聞いた吹奏楽部の部長は、声を上げて号泣した。神崎高校の吹奏楽部は、あらゆる運動部の応援に尽力していた。だが、全国で優勝するのを見るのは初めてだった。
真理にもその気持ちは分かった。演奏は出来なかったが、それでも胸が熱くなるのを感じた。早く学校に戻って、ファゴットの練習をしたい。そして、今度は自分も演奏に加わり、応援をしたい。
「マイクロバスに楽器を積んでください。先生は先に空港へ向かいます。みんなは博多駅に行って、選手たちを祝福してあげてください」
吹奏楽部の部員の面々は、号泣する部長を促しながら、場所を貸してくれた会社の方々にお礼を言って、最寄りの地下鉄の駅から博多駅を目指した。
一通りインタビューが終わり、ステージから降りることを許された冬希は、チームメイトのもとに戻った。
「はぁ、お待たせしました。これからどうするんでしたっけ?」
「何言ってるんだお前。さっさと表彰式に行ってこい」
ステージに向かって、柊が冬希の背中を押す。
「表彰式終わったじゃないですか」
『それでは、総合リーダーの表彰式を行います!千葉県代表、青山冬希選手!』
「えっ?」
冬希はステージに上がる。すると、また地元の高校生の可愛い女の子が二人で、黄色いサイクルジャージを着せてくれる。普通のサイクルジャージと違っていて、後ろにチャックがある。
女の子が背中のチャックを上げてくれる。くすぐったくって声が出そうになる。
全体が黄色いジャージだが、胸のところに四角く、神崎高校のチームカラーである青と、「CHIBA」「KANZAKI」といった白い文字が刻んである。
『総合成績は、第1位、青山冬希選手。第2位が尾崎貴司選手で青山選手と4秒差です』
ゴール自体は集団で同タイムだったが、1位に10秒。2位に6秒のボーナスタイムが与えられ、ボーナスタイムの差で冬希が総合1位になっていた。
ステージ優勝と同じ選手とあって、インタビューは流石に省略してくれた。
表彰式を終え、またステージを降りる。冬希の先輩たちは、黄色いジャージを感慨深そうに見ていたが、潤と柊がそれを手早く脱がせて、またステージの方に押しやる。
「もしかして・・・」
『それでは、新人賞の表彰です。1年生で最も総合タイムが早い選手が表彰されます。千葉県代表の・・・』
「まじっすか・・・」
「お前、あとスプリント賞の表彰式もあるからな」
冬希は膝から崩れ落ちた。
「なんか、脚よりも顔の筋肉がつかれてるんですけど・・・」
結局、初日のステージ優勝により、4賞ジャージのうち、総合、スプリント賞、新人賞の3つで表彰された。山岳賞だけは、福岡の舞川が表彰されていた。油山を先頭で登った人だ。
ようやく全ての表彰式を終えてステージを降りた冬希は疲労困憊と言った感じだ。
冬希は、新人賞の白いジャージの後、スプリント賞の黄緑色のジャージを着ている。そして、今は潤が持っている黄色いジャージを見つめていた。
冬希は、近くにいる係の人の尋ねる、
「あの、明日はこのジャージを着てレースに出るんですか?」
「はい、ただこれらは表彰式用にプリンタで急遽印刷したものになりますので、明日のレース用は、朝までにスタッフがホテルにお届けします。青山選手は黄色いジャージを着用し、白と緑は、それぞれ2位の選手が繰り上げで着用します」
そこに吹奏楽部の面々が現れた。吹奏楽部の部長は、冬希の手を握り、何度もありがとうと繰り返した。
「あの、お願いがあるのですが」
「何でも言ってくれ」
「今日、千葉に戻られますよね?」
「ああ、楽器もあるから、今日学校にも戻るよ」
潤から受け取った黄色いジャージを部長に渡す。
「これを、理事長に渡していただけませんか」
吹奏楽部員からメモ用紙とペンを借りて、一筆書き、ジャージに挟む。
「ああ、間違いなく渡しておくよ」
「今日は応援本当にありがとうございました」
手が千切れそうになるまで手を振って、吹奏楽部の部長は地下鉄で空港へ向かって行った。
冬希は、真理の姿を探したが、見つけることは出来なかった。
真理は、楽器に付き添ってマイクロバスで先に空港へ向かっていた。
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