第39話 帰ろう

「ふぅ。スッキリした」


 光が薄れていくと共に辺りの風景は一変し、先程までのおどろおどろしかった魔王城とは思えないほど明るく、光り輝く城へと変貌していた。


 どうやらホーリーによって、魔王城全体が浄化されたらしい。


 ヘドロにまみれていた壁や床はそんなもの存在していなかったかのようにまっさらに。

 ゴテゴテしていた装飾もなぜか綺麗さっぱりなくなり、ゴシック調の美しい造りに。

 澱んだ空気も一掃されていて、誰もここがあの魔王城だとは思わないほど綺麗な城へと様変わりしていた。


「とうとう魔王倒しちゃった」


 先程までいたはずの魔王は消え去っていた。先程まであったはずの強大な魔力は微塵も感じない。


「私が聖女じゃなくて勇者だったらもっとチヤホヤされてたのに」


 聖女だけでなく、勇者の力も備わっているというのはかなりレアだ。

 いくら聖女は結婚できない決まりとはいえ、もし両親のことがバレたらこの能力を継承させるためにきっと王様は簡単に通例をひっくり返すだろう。そして勝手に結婚相手を見繕って、私に愛のない政略結婚させるに違いない。


 そんなの絶対に嫌だー!


 両親の駆け落ちのせいで八十すぎてまで聖女をやらされてる先々代の聖女には申し訳ないが、八十すぎてまで聖女をやらされるだなんて絶対に無理だ。

 幸せな結婚するためにも、何が何でもこの事実を隠さないと。


「シオン!」


 聞き慣れた声に名前を呼ばれて顔を上げる。

 振り返れば、そこには石化したはずのヴィルが焦った様子で立っていた。

 ホーリーのおかげか、魔王がいなくなったおかげか、いつのまにか石化が解けたようだ。


「ヴィル! あぁ、よかった! 石化が解けたのね!! どっか変なとこはない!? 異常あるとこはなさそう!??」

「うわ! きゅ、急に抱きつくなんて、……って、おい! 何するんだ! オレの身体をベタベタ触るんじゃない!」

「だって確認は大事でしょ! 石化してる箇所が残ってたら治さなきゃだし。ほら、違和感あるとことかない? あったら私が治すから」

「ないから! ちょ、こら……っ、どこ触ってるんだよ!」


 私は駆け出してヴィルに抱きつくと、彼の身体に異常がないか触りまくって確認する。触った感じどこも異常はなさそうでよかった。


「うんうん。どこも異常はなさそうね」

「だから、さっきからそう言ってるだろ!」

「そうは言っても、念のため確認しておくに越したことはないでしょ」

「それはそうかもしれないが……だからって太腿を触ったり尻を撫で回したりしなくてもいいだろ……!」


 一応、あまり変なところを触ったつもりはないが、ヴィルは恥ずかしかったらしく真っ赤になっていた。


「全く。無茶するんだから」

「シオンに言われたくない。あぁ、あとこれのおかげで助かった。ありがとう」


 言われて視線を落とすとそこには以前あげたネックレスが。なるほど、これのおかげでヴィルは死なずに済んだらしい。過去の私グッジョブすぎる。


「てか、どうなってるんだ? 魔王は? 一体、何がどうなって……」

「ふっふっふー。何を隠そう、この最強の聖女たる私が倒したわよ!」

「……は? じょ、冗談だろ?」


 ふふん、と胸を張るとあからさまに怪訝そうな顔をするヴィル。どう見ても信じてないといった感じだ。


「そう思うでしょ? それが本当なんだな〜。おかげで城も綺麗になってるでしょ?」

「た、確かに。言われてみればそうだな。……マジか」

「マジで〜す」


 いぇーいとピースして見せれば苦笑される。そりゃ魔王を倒したと言われても、あれだけの能力差があったし、すぐに理解できないのも無理はない。


「そうか。凄いな、シオン。本当にやってのけるなんて」

「ふふふ。まぁね! でもまぁ、こうして倒せたのもヴィルのおかげではあるけどね。ヴィルのおかげで私が活躍できたわけだし。ありがと、ヴィル」

「っ、あ、あのときのオレにできることと言ったらアレくらいしかなかったし」

「もう、照れちゃって〜。素直にどういたしまして、くらい言いなさいよ」

「……別に照れてないし」

「素直じゃないな〜」


 再びギュッと抱きつく。


「ヴィル、ありがとう」

「……〜〜っ」


 未だに照れている様子のヴィルが面白くて笑っていると、ヴィルは「笑うなよっ」とさらに顔を赤らめていて可愛らしかった。


「……お主らは本当にムードというのに無縁だのう。こういうときくらいブチュッとキスの一つや二つすりゃあいいじゃろうに」

「グルー!」


 目の前には呆れたような表情のグルー。いつのまにか近くにいたようだ。


「お、オレ達はそんなんじゃ……っ!」

「素直じゃないのう」

「だから違うって!!」

「はいはい。そんな言い争いしないの。グルーも元気そうでよかった。結構吹っ飛ばされたりしてたけど大丈夫? てか、魔王に真っ黒焦げにされたはずじゃ?」

「あぁ、死にかけたがお主のおかげでこの通りじゃ」


 グルーが自分の無事を見せつけるように空中で一回転してみせる。確かに毛並みも良く、特に怪我らしい怪我は見当たらなかった。


「さすが私の契約のおかげね。普通の魔族ならやられてるだろうし」

「そうじゃな。おかげで命拾いしたわ。いや〜、それにしてもまさか、お主が本物の勇者と聖女の合いのk「黙れ」」


 ろくでもないことを口走ろうとしていたグルーの口を思いっきり閉じる。さっきまでの朗らかな雰囲気から一気に殺伐とした状況に、ヴィルもグルーも一瞬で顔色が変わった。


「う、うぐ……っ」

「シ、シオン!? 急にどうしたんだ!?」

「いいのいいの、ヴィルは気にしないで〜。……いい、グルー。私が勇者と聖女との間の子だというのはトップシークレットなのよ、わかった? もしこの秘密を喋ろうものなら、今すぐその舌を切り落とすわよ」

「ひぃ!? わわわわわわかった……っ、絶対に言わないと約束する!!」

「はい。言質取ったわよ。契約に上乗せしておくから、もし破ったらどうなるかは……わかっているわよね?」


 私がにっこりと微笑むながらドスをきかせると、グルーはコクコクと首がもげそうなほどの勢いで縦に振る。


 あー、危ない危ない。

 もしヴィルにこのことがバレたら、今度は私が両親みたいに雲隠れしなきゃいけなくなっちゃうところだった。


 ふぅ、と密かに胸を撫で下ろす。


 ヴィルは未だに何が何だかと言った様子だし、石化したときのことはわからないだろうからグルーが喋らない限り恐らく大丈夫なはず。

 というか、ここでバレたら今まで私の素性を隠していた意味がなくなってしまう。


「さて、魔王も倒したことだし、王様との約束もこれでおしまいでしょ? さっさと王様とのところに戻って約束通り結婚できるようにしてもらわないと!」

「でも、どうやって帰るんだ?」

「そりゃ、ここに便利な乗り物がいるんだから、それを使わなきゃ……ねぇ?」

「いやいやいやいや! お主、距離を考えておるか!? ここから帝都までどれほどあると……!」

「何言ってるの、そのために契約したんでしょうが。私はさっきので聖女の力すっからかんだし、私のおかげで命拾いしたならそれくらいやってもいいんじゃない?」

「ま、魔物遣いが荒すぎる……っ」

「何か言った?」

「いえ、何でもないです!」


 不満そうなグルーだが、渋々といった様子で背中に乗せてくれる。私がヴィルに手を差し出すと、「自分で乗れる」となぜか私の背後に乗ってきた。


「あれ? 位置変わる?」

「これでいい。オレが監視してないと途中で何やらかすかわからないからな」

「何よそれ。信用ないなぁ〜。もう魔力もすっからかんだし、何もしないわよ」

「よく言う。魔力なくても体力はまだ残ってるだろ? もし道中好みの男見つけたら飛び降りるだろ」

「それは……まぁ、しょうがなくない?」

「しょうがなくない」


 そう言われてなぜか背後からギュッと抱きしめられる。


「ヴィル?」

「こうでもしないと危ないだろ」


 確かに、体力も気力もすっからかんだからくっついてないと振り落とされる可能性があるかもしれない。

 でも歴代彼氏からも背後から抱きしめられるなんてことなかったからなんだか新鮮で、ちょっぴり恥ずかしかった。顔には出さないけど。


「じゃあ、帰りましょうか。王都へ」

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