第38話 諦めない

 あぁ、私が負けるなんて。

 ごめん、ヴィル。せっかく私を守ってくれたのに。


 絶望的な状況に俯いて目を閉じようとした瞬間、温かい光に包まれた。


「何だ……?」


 魔王の訝しむ声が聞こえる。

 私も一体何が起きたのかと顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。


(シオン。諦めるな。希望を託されたのだろう?)


(そうよ、シオン。貴女ならできるわ。だって、私達の娘だもの)


 二人の励ましに、ツンッと鼻の奥が痛くなる。

 それと同時に、身体の奥底から燃えるように熱い魔力が滾るのを感じた。


 あぁ、私ったら何やってるんだか。


 二人の言葉のおかげで、先程まで諦めかけていた私の瞳に強い意志が灯る。

 どんよりと私を覆っていたはずの弱気は吹き飛び、代わりに沸々と気力が湧いてきた。


 そうよ。父さんと母さんの言う通りだ。

 こんな簡単に諦めるなんて、私らしくない。

 最強の聖女なんでしょ?

 だからヴィルは私に命をかけてまで託してくれたんじゃない。

 だったら証明しなくちゃ! 私は最強の聖女だって!!


 まっすぐ前を見つめる。


(あぁ、その意気だ)


(えぇ、シオンなら絶対に大丈夫よ。自分を信じて)


 そうよね、父さん母さん。私は最強の聖女、シオンだもの。私は誰よりも諦めの悪い二人の娘。

 ……だったら、やってやろーじゃないの!


「うぅぅうううううああああああああ!!」

「おや、今更足掻いてももう手遅れだよ。それとも何? まだ何かできるとでも思ってるのかな? あはは、愚かな人間らしい無駄な足掻きだ」


 魔王は赤い光を膨張させ、こちらに向けながら嘲笑する。

 けれど、そんなものも気にせずに私は魔力を解放するかのように声を上げ続けた。


「あぁあああああああ!!!!」


 身体が重い。

 ……だから何?


 節々が痛くて呼吸が苦しい。

 ……それがどうしたっていうの!


 起き上がる気力がない。

 ……だったら、気力を振り絞ればいいでしょ!!


「私は、私は……っ、こんなとこで終わる女じゃない!」


 なけなしの力を振り絞って起き上がる。

 最後の最後まで例え不利な状況であっても絶対に諦めるなと言われたことを思い出して、私は歯を食いしばって立ち上がった。


 死ぬのはいつだってできる。

 だから諦めずに最期の最期まで抗う!

 ヴィルが私に希望を託してくれたのを無駄にはしない!!


 魔力がどんどん上昇していくのが自分でもわかる。

 身体中が燃えたぎるように熱く、満たされていった。


 それに、こんな薄気味悪い城で誰にも知られずに死ぬなんて無理!

 そもそも、私まだ一度も結婚できてないし!

 結婚しないまま、自分の家族を持たないまま死ぬなんて、絶対の絶対のぜぇぇぇぇっっっったいにごめんだから!!!!


「私は、絶対に諦めない! 優しくてイケメンで甲斐性があるステキな旦那様と結婚するまで絶対に誰にも負けない!!」

「へぇ。まだそんなに吠える元気があったとはね」


 魔王が余裕ぶってニヤリと笑う。

 そのまま私に向かって魔力の溜まりきった指先を向けてきた。


「だけど、無駄だよ。これで終わりさ。残念だったね」

「いいえ。まだ、終わりじゃない!」

「ははっ。強がってもダメだよ。もう立つのだってやっとじゃないか。既にキミはボロボロ。どこに勝ち目があるっていうんだい? さようなら、シオン。楽しませてくれてありがとう」


 ピュン……ッ


 膨張した魔力を一気に凝縮させると、魔王は指先から赤い光を放って私の身体を貫いた。……はずだった。


「……は?」


 けれどその光は、私から溢れた白い光によって掻き消され、その赤い光ごと飲み込む。

 魔王は訳がわからないといった様子で呆然としていた。


「バカな。おかしい。ありえない……っ」

「だから言ったでしょ。まだ終わりじゃないって!」

「ふざけるな……っ! そんな戯言。そもそもそのボロボロの身体で、一体何ができるというんだ!」

「いいわよ。だったら最強の聖女の奇跡見せてあげる!!」


 私が手を翳すと、吹っ飛ぶ魔王。不意打ちだったせいか、そのまま壁に叩きつけられる。


「……ぐはぁ……っ! っく。なぜ、急にこんな力が……っ?」

「私、気づいたの、魔王の能力。……あんたの能力は相手の力を倍にして返すことだってね」

「っ……!」

「どう考えても魔力量で言ったら私のほうが多いはずなのに、全てにおいて私の威力を上回るっておかしいと思ったのよ。それで、気づいちゃったの。もしかしたら魔王の能力って相手の力を利用してるんじゃないかって。やっぱりビンゴだったようね」


 魔王が再び攻撃を仕掛けてくる。

 けれど、全て私が手を翳してことごとく打ち消した。


「いくら気づいたからと言ってボロボロの身体でこんな力が残っているなんて……っ」

「もう終わり? さっきの余裕はどこへ行ったの? ほら、私まだ終わってないけど?」


 私が煽ると忌々しげにこちらを睨んでくる魔王。その瞳も今となっては子供が反抗してるようにしか見えなかった。


「くそっ! 何で僕に攻撃をすることができるんだ……! どうやったって僕が負けるはずがないというのに!!」

「はい、残念でした〜! 私が今発してる魔法は聖の光魔法。つまり、魔王……魔物にとってはマイナスの力。マイナスはいくらかけてもマイナスだから、私には何も作用しないのよ」

「な、んだと……!? まさか、勇者魔法だけでなく、聖女魔法も使えるなんてそんなはずが……っ!?」

「言ったでしょう? 私は、最強の聖女だって」

「そんなありえない! そんなの、勇者と聖女の両方の血を……っ! もしや、シオン……キミは勇者と聖女の合いの子か……っ!?」

「さぁ、遊びはここまでよ。ヴィルのぶん含めて、さっきまでのお返しをさせてもらおうじゃないの!」


 私が両手を翳すとそこから発光し、真っ白い光が辺りを覆っていく。


「な、なんだ、なんなんだ……う、力が……っ! くぅっ、こんな女なんかに……僕が、負けるわけが……っ!」

「私、人一倍負けず嫌いな上に絶対に諦めない女なの。どう? いい女でしょ。結婚したくなった? まぁ、あんたなんか、こっちから願い下げですけど」


 にっこりと微笑んで見せると浄化の魔法で全てを覆い尽くす。傷あるものは全て治癒し、清めて修復する魔法ホーリーの能力を解放すると、世界は真っ白な光によって覆われた。

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