第32話 魔王の噂
「ナズリの村にはここからどれくらいなんだ?」
「うーん、地図で見ると半日もかからないくらいだと思う」
「お前さん達、ナズリの村に行くのかい?」
朝食を済ませながら次の目的地であるナズリの村の会話をしていると、宿屋の主人に声をかけられる。
「はい。そのつもりですが……」
「やっぱりそうか。何の用事があるか知らんが、やめておいたほうがいいぞ。あそこは今、魔王崇拝でヤバいことになってる」
「魔王崇拝?」
「あぁ、何やら魔王を盲目的に崇拝してて、魔王の言うことは絶対。余所者を排除しているらしい」
「え、そうなんですか」
「だから悪いことは言わないから、行くのはやめておいたほうがいい」
やめておけ、って言われてもなぁ。
聖女の結婚を認めてもらうための試練なわけだし、行かないわけにはいかない。
というか、王様はこのことを知ってて最後にこの村を指定したのだろうか。
あ、ありえる……!
でも、ヴィルも一緒にいるのにこの村を指定するくらいだから、さすがに死ぬ可能性があるくらいヤバいってことはないだろうけど。……多分。
というか、前回がシュド=メルで次に魔王ってそもそもヤバくない?
いきなりもうラスボス? え、マジで?
事実かどうかは定かでないが、とにかく危機感が募る。
だが、私達には行かないという選択肢はないので適当に主人と話を合わせながら、私達は早々に宿屋を出て行くのだった。
◇
「魔王か。噂は聞いておるが、ワシもよく知らんのじゃよなぁ」
「どういうこと? 魔王って言うからには魔物の王じゃないの?」
コッキリの村を出て、ナズリの村に行く道中グルーに質問したのだが、要領を得なくてさらに混乱する。
てっきり魔王から生み出されたのが魔物だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
「半分当たりで半分ハズレじゃな。魔王はあくまで魔物の王というだけで、魔物を生み出したわけではない」
「というと?」
「とにかく強いのじゃ。魔物の中で最強と言われていて、魔物は誰もヤツに手出しはできんし、頭が上がらんのじゃよ」
「なるほど?」
ということは、めちゃくちゃ強いということか。この前戦ったシュド=メルよりも強くて大きいのだろうか。
それはさすがに骨が折れるな。
「え? じゃあ、オレはもっと鍛えないとマズいということか?」
私達の話を聞いて、ヴィルが青褪める。
確かに、先日の一件で私が魔力をすっからかんにしたのを知ってるヴィルが青褪めるのも無理はなかった。
「あー……。でも、さすがに魔王と戦うってことはないんじゃない? ほら、魔王信仰を止めればいいってだけかもしれないし」
「そ、そうか?」
「そうじゃな。あくまで噂じゃし。ちなみにワシはそもそも魔王に会ったことがない」
「何よそれ。魔王に会ったことない魔物ってどうなの?」
「別に魔物だからって魔王に仕えてるというわけじゃないからのう。あくまで魔物の中で一番強いと言われてるだけの存在じゃ」
「ふぅん。そういうもんなんだ」
「オレが足手纏いにならないのならいいんだが」
やけにヴィルが弱気だ。
やる気になってくれたのはいいことだけど、その分自分の力量が気になるらしい。
まぁ、そういう時期って誰しもあるよね。
誰だって自分のせいで戦況が悪くなるのって嫌だし。
とはいえ、このメンタルで行ったら勝てるもんも勝てないし、どうしたものか。
下手なことを言って気負わせてもダメだし、かと言って期待してないみたいなのもメンタルやられるし。
元ギルマスとしてメンバーを鼓舞するためにはどうするかと頭を悩ませる。ここは元ギルマスとしての腕の見せ所であった。
「ヴィルはさ、何が得意?」
「何だ、突然」
「いや、ヴィルの武器を知っておこうと思って」
「オレの武器?」
「ほら、ここだけは自信ある的なもの」
私が聞くと、ヴィルが顎に手をやりながら考える。パッと出ないということは、きっとそれくらい真剣に考えているということだろう。
「そうだなぁ。シオンの前で言うのもあれだが、火の魔法だろうか」
「なるほど、火の魔法ね。うんうん、いいと思う。じゃあ、それを伸ばそうか」
「うん?」
「全部の魔法を使えなくてもいいから、火の魔法だけしっかり強化していこうってこと。誰にも負けないって自負できるものがあると、心の支えになるから。ほら、いざというときに何かあったほうがいいでしょ?」
「そういうもんなのか?」
「そうそう、そういうもの。ちなみに、私は誰にも負けない魔力量が武器ね。だからやられてもやられても死ななきゃ永遠に回復して挑めるのが強み」
「それチートだよな」
ヴィルが呆れたように笑う。どうやらいつものヴィルに戻ってきたらしい。
「チート上等よ。使えるもんは使っていかないとね。そういう意味ではヴィルもチート持ってるじゃない」
「オレが?」
「そうそう。ほら、顔と地位。魔物には通用しないかもしれないけど、人間相手ならイチコロでしょ」
私が言うと途端に嫌そうな顔をするヴィル。……何か変なことを言っただろうか。
「顔も地位も使えるなら意味があるけどな。使っても通用しないヤツもいるから意味ない」
「え、そんな人いるの? ヴィルの顔と地位を使っても意味がない相手がいるなんて……」
ヴィルの存在が通用しない相手がいることに驚く。
ヴィルみたいにイケメンで地位もあったら最強だろうに。王子なんて次期王様になるわけだし、しかもこんなにイケメンだったら子供も絶対美人かイケメンだろうし。お金もあるし、私ほどではないにしてもレベルもそこそこ上がってきて戦闘もできるようになってきたのに、そんなヴィルが通用しない人なんているのだろうか。
「あぁ。オレのことはタイプではないらしいし、オレのチートなんてそいつの前ではかたなしだ」
「へぇ。奇特な人もいるもんだ」
一体どんな人なんだろうか。気になる。
「ねぇねぇ、それって身近な人?」
「あぁ、そうだな」
「もしかして、気になってる人とか?」
「そうとも言えるかもな」
「ふぅん。ヴィルにもそんな人がいるのね」
そういえば以前、恋愛相談をしたときに身近にそういう話をする人がいたと言っていたのを思い出す。
なるほど、その人か。
恋愛もたくさん経験してると言っていたし、ヴィルの身近にいた人ならそういう部分が通用しないのも納得できた。
ズキン
急に胸が痛くなる。
咄嗟にパチンと指を鳴らして回復すると痛みはなくなったが、何だかモヤモヤしたままだった。
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