第33話 魔王

「とりあえず、ナズリの村に着いたらまずは様子見。もし魔王崇拝が事実だとしても、とりあえず魔王を崇拝してるフリをして。ある程度調査を終えたら、一気に洗脳を解くわよ」

「わかった」

「了解じゃ」


 と、意気込んでナズリの村に向かったのはいいのだが。


「余所者だ」

「余所者が何の用だ」

「余所者が何をしに来た」


 来て早々、ナズリの村人達に囲まれてしまった……!


 周りには人、人、人……で人の群れにぐるっと囲まれて、身動きが取れない状態。

 ヴィルはこういうことに慣れてないせいか、多くの人々に悪意を直接向けられて目を回している。


 この状況はさすがにマズいな。一体どうしたものか。


 ここは場数が一番多い私が説得するかと口を開いたときだった。


「おや、そうやって責め立てるんじゃないよ」


 どうやら遠くから誰かが私達の助太刀をしてくれているらしい。彼の鶴の一声で、村人達の圧力が和らぐ。

 まだ人の群れが邪魔で該当する人物は見えないが、きっとこの美声から察するに、とてもいいイケメンに違いない。


「魔王様、ですが……っ」

「こいつらは魔王様のお命を狙いに来た者かもしれません!」

「そんなヤツらを我々の村に入れるわけには」


 え、「魔王様」って言った?


 先程から口々に聞こえてくるワードに、ピシッと固まる。何かの聞き間違いかと思ったが、何度も同じワードを聞こえてくるので、さすがに私の聞き間違いではないだろう。


 さてさて、魔王様とやらはどこに……って、うそ。あれが魔王様?


 目を凝らして魔王様と呼ばれた人に視線を移すと、そこには超絶なイケメンが。

 漆黒の長い髪を一纏めにし、切長な瞳に通った鼻筋。瞳はアメジストのように美しく、唇は薄くて、なめし革のように張りのある褐色の肌。

 誰がどう見てもイケメンだと言い切れるほどカッコよくて、どストライクな男性がそこにいた。


「ヤバ、何あれ。超カッコいい……っ!」

「はぁ!?」


 私がぽぅっと惚けていると、途端に横にいるヴィルがすっとんきょうな声を上げ、鬼の形相でこちらを見てきた。


「シオン、お前見境なさすぎだろ! 相手は魔王と呼ばれている男だぞ!?」

「いや、だって。カッコいいものはカッコいいというか」

「オレだってカッコいいだろ!」

「いや、ヴィルはカッコいいけど。ほら、魔王は、その、セクシーというか……色気が……あって素敵だし……?」

「セク……!? お、オレだって、その気になれば……っ!」

「お主達は一体何を言い争いをしてるのじゃ」


 小声で言い争いをしているとグルーが呆れたように溜め息をつく。


「そんなことよりどうするんじゃ」

「何が?」

「あの魔王と呼ばれておるヤツ、本物じゃぞ」

「え?」

「は!?」


 グルーの言葉に呆気に取られる。まさか本物の魔王だなんて思わず、私が呆然してる隣でヴィルは頭を抱えていた。


「え、イケメンすぎてあだ名が魔王様なだけじゃないの?」

「何を言っておるんじゃ。お主、イケメンに惑わされて魔力をよく見ておらんじゃろう」

「はっ、そうだった。えっと……ヤバっ! 魔力の量ヤバっ!!」

「そんなに凄いのか?」

「凄いなんてもんじゃないわよ! 私と同じくらいあるもの」

「それは……色々とマズいんじゃないか?」

「こんにちは。可愛いお嬢さん。何を話しているんだい?」


 コソコソと話し合っている間にいつの間にか村人達は消えていて、代わりに魔王が目の前にいた。


 近くで見てもやっぱりカッコいい。

 声もいいし、物腰も柔らかくて素敵だし、いい匂いがするし、ドキドキするし、これは……恋!?


 あまりに好みのタイプで頬を染める。今までの歴代彼氏とは比べものにならないほど、どストライクだった。


「えっと、あの……魔王様がカッコいいなぁ、と」


 ぽう、と惚けたように答えれば、「おい、違うだろ!」と隣のヴィルからツッコミが入る。


「おや、それはありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。ところで、キミの名前は?」

「私ですか? 私はシオンです」

「シオン。美しいキミに見合ったいい名前だね」

「ありがとうございます」


 ヴィルが「何で本名を言ったんだ」というような目をしてこちらを見ているが、仕方ない不可抗力だ。いくら魔王と言えど、こんなイケメンに名前を聞かれたら答えないわけにいかない。


「シオンは何をしにここへ?」

「それは……その……魔王様のお噂を聞きまして、一目お目にかかろうと思いまして……」


 ヴィルの視線が刺さりまくってどうにか軌道修正していく。


「そうなんだ。どう? 僕を見た感想は」

「カッコよくて素敵で……魔力量も凄いなぁと思いました」


 ついポロッと余計なことを言ってしまって「ヤバっ」と思ったが後の祭り。口に出した言葉が戻るはずもなく、グルーも「あちゃあ」という顔をしていた。


「そういうシオンもすごい魔力量じゃないか。魔王の僕と匹敵するくらいだよね」

「いえ、そんな。私は魔王様に比べたら全然ですわ。おほほ」


 焦るあまり、笑って誤魔化そうとする。

 内心、キャラ違うにもほどがあるだろう!? と自分で自分にツッコミを入れるが、もう半分ヤケクソだった。


「そうかな? シオンの魔力量なら、僕の妃になる資格があると思うけど」

「妃、ですか……?」

「うん、そう。僕の妃。どうかな? 僕と結婚して、僕の子供を産んでよ。シオンとの子ならこの世で最も素晴らしい最強の子が生まれると思うけど」

「け、結婚!?」


 まさかこんなにいきなり魔王から求婚されるとは思わず、頭が真っ白になる。


 魔王との結婚。

 聖女が魔王と結婚して子供を作るってアリなのか? え、ダメだよね。でも、魔王様カッコいいし、優しそうだし、アリでは? でも、魔王と結婚したら聖女できないし。でも、結婚したらもう聖女続ける必要ないのでは? あーでも、何もしないで家庭に入るのはちょっと物足りないような……。


 あーでもないこーでもない、と頭を抱える。もういっそこのまま魔王様の手を取って婚活終了してもいいんじゃないか、いやでもさすがにそれはどうなの、と私の心は激しく揺れていた。

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