第31話 魅了
次の目的地であるナズリの村までもう少しかかるので、今日は日も暮れて来たことだし、ナズリの村の手前にあるコッキリの村に泊めてもらうことにした。
ここは観光地に近いそうで、宿屋があるのだ。
「あー、疲れた」
荷物を下ろすと私はすぐさまベッドに転がった。さすがは宿屋だけあって花が生けてあったり調度品も華美だったりで綺麗な内装になっていて、ちょっと気分が上がる。
どこかの家に間借りしてるのとは違って気持ち的にも随分と楽だし、気が休まった。
「ワシはもう店じまいじゃ。ということでもう寝る」
「もー、寝るならせめて身体くらい洗いなさいよ」
「シオン頼んだ」
「全く、しょうがないわね〜」
パチンと指を鳴らすとグルーの身体を清める。すると、グルーは満足そうにふるふると身体を震わせたあと、ごろんとベッドの上で丸くなった。
こうして見ると魔物というより猫である。グルーに言ったら怒るだろうが、丸まった姿は可愛いらしい。
「ヴィルはどうする? 先にお風呂入ってくる?」
「……いや、シオンからでいいぞ」
「そう? じゃあお言葉に甘えて先に入ってくるね」
「あぁ」
さっきからヴィルは随分と物静かだけど大丈夫だろうか。あまりにも大人しくてちょっと不気味になる。
何か変なものでも食べたっけ? それともただの疲労? いつものヴィルと違うせいか調子が狂うな。
ま、でも考えてもしょうがないか。まずはお風呂お風呂〜。
久々のお風呂に心が躍る。ほぼずっと寝たきりでろくに風呂に入っていなかったから寛げるお風呂は楽しみだった。
「はぁ、いいお湯。温泉って久しぶり〜」
この村では温泉が出るそうで、久々の温泉を堪能する。
お湯加減は丁度よく、浴場は広めに作ってあって身体を思いきり伸ばせた。しかも美肌の湯というだけあって風呂上がりはつるつるのすべすべで大満足だ。
きっとヴィルも気にいるに違いない。
「ヴィル〜! お風呂上がったよ〜」
「そうか」
「とってもいいお湯だったよ。ここ温泉が出るんだって。しかも美肌の湯だって! ほら、見てみてよ」
ベッドは既にグルーが眠っているので、近くにあったソファに腰掛ける。
まだ温泉の余韻で火照ってる腕を捲って見せると、ヴィルはまじまじと見たあと突然腕に触れてきた。
「うわっ!? いきなり触らないでよっ」
「確かに、すべすべしてて触り心地がいいな」
「こらっ、揉まないで」
ヴィルは腕から手は離さずに、腕を揉んだり撫でたりしながら私の隣に座ってくる。しかもなぜか太腿や身体をくっつけてきて、あまりの近さに触れた部分に意識が集中してしまう。
「ねぇ、ちょっと近くない?」
「そうか? シオンは風呂上がりなのもあって、いい匂いだな」
「やっ、まっ、近い近い近い近い」
すんすんと首元で匂いを嗅がれて抗議しようとすれば、間近にはヴィルの顔。
相変わらず顔がいいな、ザ・王子様フェイスのイケメンだなぁ、とつい見惚れているとなぜかさらに近づいてくる。
こんな距離感でヴィルと見つめ合ったことなどなくて、さすがにテンパる。
「どうして逃げるんだ?」
「いやいやいやいや、普通の距離感じゃないでしょ」
「そうか?」
「そうだよ! てか、急に距離感バグりすぎでしょ! 疲れてる? 早くお風呂入ってきたほうがいいんじゃない?」
きっと疲れすぎて思考が鈍っているのだろうと風呂を勧めてみるが、のらりくらりとしていて入る気配がない。
しかもあれからさらに距離を詰めてきていて、私は逃げきれずに押し倒されてしまった。
「じょ、冗談キツいんですけど」
「冗談? オレはいつでも本気だが?」
言いながら覆い被される。
端正な顔が目の前にあって、慌てて顔を背けようとするも片手で押さえられてしまってそらすことができなかった。
「あの、ヴィル。誰かと勘違いしてない?」
「勘違い? シオンだろう?」
「そうだけど」
わかってて何でいきなりこんな展開!? え、確かにキスはしたことあるかもしれないけど、こういう展開になる布石あった?
身に覚えがなくて混乱する。
それなのにさらにヴィルは距離を詰めてきて、今では唇が重なりそうなほどの至近距離。吐息が口元にかかり、あまりの近さにクラクラしてくる。
「シオンはオレのことをどう思ってるんだ?」
「ど、どうって言われても……。相棒というか、弟子というか……」
「そういうんじゃなくて」
「そういうんじゃないってどういうこと?」
「わかってるだろ? それとも焦らしてるのか? 悪いヤツだな」
フッと口元を弛めたかと思えば唇の端に口づけを落とされる。そんなこと今まで歴代彼氏にもされたこともない私は心臓がバクバクで、唐突な展開に頭がおかしくなりそうだった。
「ヴィルのことは好きだけど、そういう対象じゃないというか」
「どうして?」
「どうして、って言われても……」
自分でもどうしてかはわからない。
別にヴィルのこと見た目も中身も特別嫌いではないし、むしろ好きだ。
じゃあ、どうして……?
自問自答する。そして気づいた。
あぁ、私は怖いんだ。
ヴィルともしそういう関係になってしまったら、別れが来てしまうのが怖いんだ。
だから今の関係を壊したくなくて、好きなのに好きじゃないフリをしているんだ。
「オレはシオンのこと好きだ」
「は、え!?」
「だから、オレはシオンと一緒になりたい」
「いや、待って待って待って待って! って、力強いな!?」
口づけしてこようとするヴィルの身体をどうにか押し返す。
ドキドキしすぎて魔力もどんどん湧き出てきていて、魔法が暴走して吹っ飛ばさないようにするので必死だった。
「そ、それはちょっと性急すぎるというか、まだ心の準備が……」
「オレは待てない」
積極的にぐいぐいくるヴィルに抵抗しつつも自分も好意を持っている手前、あまり強く出られない。
とはいえ、ここにはグルーがいるし、さすがにここでコトに及ぼうというのはよくないのではないかと必死にどうしようかと考えていると、不意にヴィルの瞳が濁っているのが見えた。
あれ、これってもしかして……
「ちょっと、ヴィルこっち向いて!」
「ん? シオンからキスしてくれるのか?」
「違う違う違う違う。そうじゃない! あ、やっぱり!!」
顔を近づけてくるヴィルの顔を押し返しながらよく瞳を見てみると、瞳の奥に淫紋らしきものが描かれていた。
これはサキュバスやインキュバス特有の魅了魔法の一種であり、ついさっきのことを思い出す。
「やだ、魅了にかかってるじゃない! どこが大丈夫なの!? 全然大丈夫じゃないじゃない!! さっさと正気に戻りなさい! リカバリー!!」
手に魔力を含めてヴィルの身体を押し返す。
すると、意識を失ったのか私に向かって一気にヴィルが倒れ込んできた。
さすがにその動きは予想外で、ヴィルにのし掛かられた状態になってしまって慌てふためく。というか、案外重い。
「ヴィル、ヴィル、起きて! 重い! どいて!」
「ん? オレは何を……っ、シオン!?」
ガバッと勢いよく離れるヴィル。
瞬時に状況を理解したのか、その顔は真っ赤に染まっていた。
「な、な、何がどうなって……!?」
「もう、バカ。信じられない」
どうやら丸々記憶がないらしい。
私がサキュバスに魅了されていたことを告げると「面目ない」とぺこぺこと頭を下げられた。
「全く、催眠かかったり魅了かかったり。ヴィルは状態異常にかかりやすいようだから、これあげるから身につけておいて」
私が首からネックレスを外して手渡す。
「これは?」
「状態異常耐性のアクセサリ。私は元々耐性あるし、オシャレで付けてただけだからヴィルにあげるわ」
「すまない。ありがとう」
「はいはい。ほら、つけてあげるから」
ヴィルに頭を下げてもらって首からかけてあげる。デザインはシンプルなのでヴィルが身につけても問題なさそうだ。
一応このアクセサリは滅多に出回らない秘石で作られているので、その辺の安物アクセサリよりかは効力もあるはず。
「シオンにはいつもしてもらってばかりだな」
「今更でしょう? って言っても、この前モルドーの村まで運んでもらったり世話してもらったりもしてるからお互いさまでしょ。ほら、さっさとお風呂入ってきて。私も疲れてるから支度終えたらすぐに寝ちゃうわよ」
「あ、あぁ、そうだな! じゃあ、入ってくる」
ヴィルはそう言って足早に部屋を出て行く。
残された私はと言えば、顔を押さえながらソファにずるずるとへたり込んでいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます