第29話 聖女パンチ

 魔力が戻り、それに比例して体力も戻ったのですぐにこのモルドーの村を出ることにした。

 とはいえ、すぐにと言っても私の魔力が戻らなかったせいで一カ月以上は滞在していたのだが。


「長らく大変お世話になりました。長期間、家をお借りしてしまって申し訳ありません」

「いえいえ、困ったときはお互いさまですから。それに、ヴィルさんとペットの方には村民達もお世話になりましたし」


 たまにいないときがあるとは思ってたけど、私が寝ている間にそれぞれ村人達に何か奉仕をしていたらしい。本人達は全然そんなこと言っていなかったが。

 彼らの顔を見ると素知らぬフリしてそっぽを向いている。相変わらず恥ずかしがり屋だ。


「そうだったんですね。お役に立てたのであれば光栄です。では、私からもこの村の繁栄と平穏のために加護を授けましょう。それから滞在のお礼として、魔物避けの魔法壁と村人達が多少幸福になる贈り物を」


 パンッ!


 手を叩くと、まるで花火のように魔法が打ち上がり、弾ける。大衆向けの派手な魔法なのだが、これがわかりやすくて評判がいいのだ。

 現に村人達の歓声が聞こえ、はしゃぐ子供達の声が聞こえる。ちなみに中身は回復力と幸福度アップの魔法だ。


「あれ、そういえばダグは?」

「おや、ダグラスをご存知で?」

「えぇ、まぁ。昔の知り合いでして」


 あれだけしょっちゅう私の周りに出没していたのに、どういう風の吹き回しだろうか。一応村を出るのに挨拶だけはしておこうかと思ったけど、朝から一切姿を見ていなかった。


 まぁ、いても面倒だし、いないに越したことはないか。


「そうでしたか。ダグラスなら多分、里帰り中の嫁を迎えに村の入り口辺りにいるかと」

「さ、里帰り中の嫁?」


 理解できない単語があって思わず聞き返す。


 今、嫁って言った? 私の聞き間違いではないよね。え? は?


 隣にいるヴィルを見れば、彼も同じように絶句していた。


「そうなんです。今ダグラスの嫁は隣村に出産のために里帰りしておりまして、今日帰ってくる予定なんです」

「そ、そうなんですね」


 あまりの衝撃に言葉を失う。

 浮気性だとは思っていたが、まさか結婚し親になってもこのありさまとは。


「もしや、ダグラスに何かされましたか?」

「え、いえ、私は特には、何も? ははは」

「そうでしたか。それならよかったです。あまり大きな声で言えませんが、ダグラスは村一番の女好きでして、好みの女性がいるとすぐに声をかけてしまいまして、それでよく村にクレームが」

「あー……」

「ダグラスの嫁であるリリエからもダグラスが浮気しないように見張っておいてと言われてまして。情けない」

「なるほど。そうだったんですね」

「あやつは父親になったのだから、いい加減落ち着いて欲しいんですがね」


 村長が大きく溜め息を吐く。


 無理もない。過去の女から村にクレームが来るが来るということは相当なものだろう。

 奥さんも先が思いやられるだろうし、何より奥さんも子供もいるのに私にちょっかいを出してきたことが許せなかった。


「あぁ、まだいらっしゃった! 貴女が聖女様ですね〜!!」


 声をかけられて振り向くと、赤子を抱えながら手を振ってこちらにやってくる女性。その後ろにはバツの悪そうな顔をしたダグラスがいた。


「初めまして、リリエと申します!」

「初めまして、聖女のシオンです」

「あぁ、聖女様にお会いできるだなんて! いいタイミングで帰って来れてよかったわ! ねぇ、あなた!」

「ん? あ、あぁ、そうだな」


 ダグラスの目は泳ぎまくって汗をダラダラと掻きまくっている。


 そりゃそうよね。元カノと今カノどころか奥様とご対面なのだもの。


 もちろん関係性を明かすつもりはないが。


「この子先日生まれたばかりなんです! よければこの子に聖女様から祝福をくださいませんか?」

「ちょ、やめとけよ!」

「何でよ。聖女様がいらっしゃるのだからいいじゃない! どうか、お願いします」

「えぇ、もちろんです」


 ダグラスが必死に止めようとする。どうせ、私がこの子に何か悪さをしようとしてるとでも思っているのだろう。


「その前に……」

「?」


 ツカツカツカツカ、とダグラスの前に立つ。そしてにっこりと微笑み、大きく腕を振り回した。


「な、何をする気だ……っ!?」

「大丈夫です。痛いのは一瞬なので。では、スーパーウルトラスペシャル聖女パーーーーーーーーンチ!!」


 ドゴーーーーーーーーーン!!!


 綺麗な右ストレートがダグラスの頬にクリティカルヒットして、彼は村の入り口まで吹っ飛んだ。


「な、ちょ、シオン、何を」


 ヴィルとグルーはあまりの勢いにガクブルしながらあわあわしている。

 村長も呆気に取られ、妻であるリリエは我に返ると「ダグラスーー!? せ、聖女様、何をなさるんですか!」と食ってかかられた。


「申し訳ありません。彼に魔物がついているのが見えましたので、祓ったのです」

「へ? 彼に魔物が……?」

「えぇ、恐らくインキュバスだと思われますが、身に覚えはありませんか? その、女性関係にだらしがない、とか……」

「は、はい。確かに、その、常々彼はそういうところが」

「実は彼にインキュバスが取り憑いていたようでして。ですが、もう安心です。祓いましたので」

「そ、そうだったのですね! まさか、そうとは知らず、私ったら聖女様に失礼を。どうもありがとうございます!! なんとお礼を言ったらよいか!」

「いえいえ、お気になさらず」


 にっこりと聖母のごとく微笑むと、リリエに感謝される。隣にいるヴィルとグルーは未だにガクブルしているが。


「なるほど。ヤツの浮気性は魔物のせいだったのか」

「そうだったみたいですね。でも、聖女様に祓っていただいたなら安心だわ」

「念のためきちんと祓いきれたか確認して参りますね。危ないですから、少々ここでお待ちください」


 そう言って私だけダグラスのところへ行く。

 吹っ飛んだ勢いで伸びてるダグラスの胸ぐらを掴んでペチペチと頬を軽く叩いた。


「……っ、シオン! お前、何す……っ」

「煩い。黙れ。この浮気男が。よくも子供が産まれたばかりのくせに私にアプローチしてきたわね」


 気を取り戻した途端に噛み付いてくるダグラスを容赦なく睨みつける。魔力を取り戻した私の睨みのプレッシャーは常人には耐えられないのか、「はひ」と目を白黒させていた。


「いい? 今後浮気とかするようだったら、あんたのアレがもげ落ちるように呪いをかけたから」

「なっ!? じょ、冗談だろ?」

「試してみる?」

「無理無理無理無理」

「大丈夫よ。悪ささえしなければいいんだから。ね、パパ?」

「ひぃっ!!」


 手をパッと離すと地面に落ちるダグラス。その顔は誰が見ても真っ青だった。


「大丈夫でした。確認しましたが、インキュバスは討伐できていました」

「なんと!」

「さすが聖女様ですわ!」

「憑依されていたせいかまだ体調が悪いようなので、彼はもう少しそっとしておいてあげてください。あぁ、では忘れないうちにこの子に加護と祝福を」


 パチンと指を弾くとパッと赤子の上に光が降り注ぐ。加護と祝福の魔法を受けると、赤子はスヤスヤと眠り出した。


「まぁ、凄い! どうもありがとうございます」

「いえいえ。リリエさんにもどうか今後平穏な生活が送れるようご加護を」


 再びパチンと指を鳴らすとリリエにも加護を授ける。


「では、私はこれで」

「どうもありがとうございます、聖女様」

「また何かありましたらぜひともお立ち寄りを」

「えぇ、ぜひ」


 にっこりと聖女らしく微笑む。そして、私達はモルドーの村を出たのだった。

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