第28話 潤い
「魔力が……戻らない……」
あれからさらに数週間経ったというのに、魔力が戻る兆しがない。
ひたすら栄養摂って寝ているというのに、なぜか魔力はすっからかんな状態。一体何が起きているというのか。
「んー、そうじゃなぁ。考えられることといえば、潤いが足りてないんじゃないのか?」
「う、潤いが足りてない!?」
ガーーーーーーーン
グルーに指摘されてショックで目の前が真っ暗になる。
そんなに潤いが足りてないように見えるのか。ということは枯れてるってこと? まだ結婚もしてないのに? そもそも彼氏もいないのに? というか、まだ二十四だっていうのに……!?
「おーい、シオン。ショックを受けているのはわかるが、ちゃんと話を聞くのじゃ」
「へ?」
「何か勘違いしてるようじゃが、ワシが言っている潤いというのは心の潤いじゃ。お主、今まで恋をしまくっていたのじゃろう?」
「えっと、話がよく見えないのだけど……?」
恋をしまくっていたというのは事実だ。
惚れっぽい性格なので、すぐにときめいて運命の人だとアタックしていたが、それと魔力と一体どんな関係があるのだろうか。
「魔力は性欲と結びついていると言われている。だから性欲が強い人ほど魔力も強いらしい」
「ぶふっ!」
「ちょ、グルー! なんてことを言うの!!」
あけすけな言い草にそばにいたヴィルが含んでたお茶を噴き出す。私もそんなことを直球で言われるとは思わず、羞恥で顔が熱くなった。
「あくまで一般的な話じゃよ。だからつまり、シオンの魔力が戻らないのは恐らく彼氏がいない期間が長く、そういったスキンシップをしてないからじゃないかと推測しただけじゃ」
「な、なるほど?」
言われて納得する。最近はときめくことが減っているし、今までは彼氏に抱きついたりイチャイチャしたりしてることが多かったが、それも元カレ以来すっかりご無沙汰だ。
でも、まさかそんな理由で魔力が戻らないなんてことある!?
「え、じゃあどうすれば魔力を取り戻せると思う?」
「ワシの予想じゃと、性的興奮をすれば元に戻るんじゃないか? あくまで予想ではあるが」
「性的興奮……!」
言葉に出すとかなりエグい。というか、恥でしかない。
聖女が性的興奮で魔力を潤すとか色々ヤバいのではないか。隣にいるヴィルもさっきから黙り込んでいるし。
「性的興奮か! いいこと聞いたぜ!」
「ダグ!? いつの間に!!」
あれから追い出して、家に入れないようにしていたはずなのに、どこからか侵入してきたダグラス。
最近魔力を温存していたのが、仇となったらしい。
「俺ならシオンを満足させられるし、適任じゃないか? 困ってるんだろ? 知らないヤツとそういうことするより、俺とヤったほうが具合がいいだろうし」
そう言って手を握ってくるダグラス。まさかいきなり手を握られるとは思わず、引っ込め損ねてしまった。
それをどう解釈したのか、さわさわといやらしい手つきで撫でられてぞわぞわぞわっと悪寒がする。
「やだっ! やめてよっ」
「いいだろ? なっ?」
「シオンが嫌がっているだろ! やめろよ!」
「ヴィル……っ」
ヴィルがダグラスの腕を掴んで睨んでいる。ヴィルがこんな風に声を荒げて怒っているところなんて見たことがなかったから、びっくりした。
「だから、お前はシオンのなんなわけ? 別に彼氏でも何でもないんだろ? だったら俺達の邪魔しないでくれる?」
「彼氏ではないかもしれないが……婚約者だ!」
「は?」
えぇぇぇぇぇ!!!!?
内心で叫ぶも、きっと嘘も方便ということで私のことを庇うために言ってくれているのだろう。だったら私も話を合わせないと、とヴィルの腕にしがみついた。
「そ、そうなの。ヴィルと私、婚約してるの。ちゃんとヴィルのお父様にもご挨拶は済ませているわ!」
聖女になる際に「ヴィルと結婚してもいい」と許可したくらいだし、これは嘘ではない。実際ちゃんと婚約してるわけではないけど、ダグラスを騙すくらいはできるだろう。
「証拠は? じゃあ、証拠を見せろよ」
「証拠!? い、いきなり証拠と言われても……」
ヴィルと視線を合わせる。証拠と言われても提示するものなど何もない。
「婚約してるっつーなら、今ここでキスの一つや二つできるだろ? ほら、やってみろよ。ん?」
ダグラスが私とヴィルを挑発してくる。
「いいわよ。ねぇ、ヴィル」
「は? え? あ、あぁ、そうだな……!」
そこまで言われたらここは覚悟を決めてするっきゃないとヴィルに向き直る。
ヴィルの視線は泳ぎまくってて動揺しているのがわかる。
確かに挑発されてする行為ではないとは思うが、もう既にマダシで正気に戻すために一方的ではあるものの一度はキスを済ませているわけだし、一度も二度も変わらないだろう。
「ヴィル。屈んで」
「え? あ、あぁ、そうだな!」
さっきから同じことしか言ってないけど大丈夫か?
緊張のせいか、顔を真っ赤にしながら屈んでゆっくりと近づいてくるヴィル。なんかそこまで緊張されると私も伝染してなんだか緊張してくる。
前も思ったけど、ヴィルは顔がいいし、優しいし、王子だし、そんな人にキスしてもいいのだろうか?
緊張し過ぎて余計なことをぐるぐると考えてしまう。
よく見たら肌はきめ細かいし、瞳は綺麗だし、睫毛長いし、いい匂いするし、細身だけど男らしい身体つきだし、筋肉もそれなりにはあるし……。
ヴィルの顔が近づくたびに、どんどん彼のことで思考がいっぱいになる。そしてなぜか高まっていく感情。
「早くしろよ。ほら、やっぱりできないんだろう?」
ダグラスの追い討ちにカチンとするも、緊張でそれどころではなかった。おかしい。前回はこんなことはなかったのに。
ヴィルの顔が良すぎる。いや、なんていうかキラキラして見える。なんだこれ、私、病気か!? 何か特殊な流行り病にでもかかったか!??
「シオン」
「はひ」
ヴィルが意を決したかのように私を抱きしめ、後頭部に手を回されるとそのまま引き寄せられる。その強引さに心臓がバクバクと大暴れして飛び出しそうになった。
え、ちょっと待って、ちょっと待って、そんないきなり……っ! まだ心の準備がっ
唇が重なった瞬間、ぼふんっと身体から煙が出る。そして、カッと身体が熱くなると今まですっからかんだったはずの魔力がなみなみと満たされていくのがわかった。
「シオン!? 大丈夫か」
「ダイジョウブ……というか、魔力が……」
「戻ったようじゃな。ほら、ワシの見立ては正しかったということじゃ」
「なっ、なっ、なっ、そんなバカな……」
グルーは満足げに胸を張り、ダグラスは想定外のことにしどろもどろしていた。正直に言って私も想定外で、まさかヴィルとのキスで魔力が戻るとは思わず困惑する。
「よかったな、シオン。魔力が戻って」
「あ、うん。そうね。ヴィルもごめんね、なんか、その……」
「シオンが元気になったようで何よりだ」
「それもそうね。これでまた旅に戻れるしね」
さっきまで動揺していたはずのヴィルはいつも通りに戻っていた。なんか自分だけが気まずくなっているようで気恥ずかしい。
しかも散々煽ってきたダグラスに「これでどうよ」と八つ当たりしようとしたらいつのまにか彼はいなくなってるし。なんとなくこの気持ちのやり場がどこかへ行ってしまった。
まぁ、そうよね。一々キスの一つや二つで動揺してどうするってのよね。魔力も戻ったし、結果オーライか。
私は色々と気づかないフリをして、ポジティブに物事を考える。魔力が戻ったおかげで体力や気力も湧いてきて、それ以上余計なことを考えないようにするのだった。
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