第23話 シュド=メル

「……っ、シオン?」


 唇を離した瞬間、名前を呼ばれて目を瞠る。どうやらヴィルは正気に戻ったらしい。


「ヴィル!? え、あれ? 正気に戻ったの?」


 まさか自分の口づけで正気に戻るとは思わず焦る。


 あれ、おかしいな。真実の愛の口づけという話では? 聞いてた話と違うぞ。


 ヴィルが正気に戻ったことは喜ばしいが、思ってもみない状況に混乱する。とはいえ、今はそんなこと言っている余裕はあまりなかった。


「正気とはどういうことだ? というかシオン、オレに……」

「それについての詳しい説明はあと! とにかく、今は逃げることに専念して!」

「逃げる? それはどういう……って、なっ! うわぁああああ! 一体、何がどうなってるんだ!?」


 大きな揺れと、周りの状況を見て慌て出すヴィル。

 そりゃ目の前であらゆるものが崩壊していたら誰だって驚くだろう。

 しかもさっきから地下から魔物が出ようとしているせいか、いくつも触手が地上に這い出てきていて、さらに状況が悪化していた。


「簡単に言うと、魔物のせいで都市が壊滅状態」

「な、何だって!? どうしてこんなことになっているんだ。というか、都市の人達は、みんなは無事なのか!?」


 この場ですぐにちゃんと国民の心配をするヴィルはさすが王子の鑑と言えるだろう。洗脳されてなかったらもっとよかったが。


「大丈夫! 私を誰だと思っているの。最強の聖女よ? ちゃんとここの住人は全員外に逃してある。あとはグルーが戻ってきたらヴィルは乗って外に出て」

「オレは、って……シオンはどうするんだ」

「私? 私はもちろん、ここに残るわよ」

「はぁ!? 何でだよ!?」

「そりゃだって魔物討伐しなきゃだし」

「討伐!?」


 このやりとりの既視感。

 さっきグルーと同じやりとりをしたなぁと思いながら、驚きすぎて口が開きっぱなしのヴィルの肩をポンと叩いた。


「大丈夫大丈夫! 私、最強の聖女だから!」

「いや、シオンが強いのはわかっているが、さすがにこれはグルーの比じゃないだろう。というか、魔物討伐って魔物は何体いるんだ!?」

「あ、そっか。ヴィルはまだその辺もよく知らなかったんだっけ。この都市の下にいるわよ、大型なのが一体。都市のエネルギー全部吸い取ってすくすく育って、それが今から外に出ようとしてるとこ。ほら、あれ全部魔物の触手」

「はぁぁぁぁぁ!?? あれ複数魔物じゃないのか!? ちょっと待て、どう考えてもでかいなんてもんじゃないだろ!」


 ゴゴゴゴゴゴ……


 地面に大きな亀裂が稲妻状に入って地割れを起こす。そしてその隙間がだんだんと大きくなると、そこからにゅるっとヤツが姿を現した。


【アト少シ、アトモウ少シデ完璧ナ姿ニナレタハズガ……! 邪魔ヲシオッテ……!!】


「ぎゃああああああ!! なんじゃこりゃああああ!!」

「ヴィル、煩い! こいつはシュド=メルよ!」

「何だそれ!?」

「シュド=メルはクトーニアンの長。不死身で、地下に巣食っている近づくものを何でも取り込んでしまう魔物よ! 多分そうだとは思っていたけど、さすがにここまで大きいのは私も初めて見たわ」

「不死身!? 何でも取り込む!? こんなのが地上に出たらマダシどころの問題じゃないぞ! 国内全体が危ないじゃないか!」

「わかってるわよ! だから私が討伐するって言ってるでしょ! ヴィルは離れてて! また洗脳されたら厄介だから」

「シオン、戻ってきたぞ!」

「グルーおかえり〜! じゃあ、ヴィルいってらっしゃーい!!」

「……は? おい、シオン!?」


 私は大きく腕まくりをしてヴィルの首根っこを掴むと、こちらに向かって戻ってきていたグルーの背に向かって全力で放り投げる。


「うわああああああ!!」


 絶叫しながら飛ばされるヴィルをグルーがしっかりと背で受け止める。ヴィルも落ちるまいと必死にしがみついていた。


「ナイスキャッチー!」

「ふふんっ、さすがじゃろ」

「し、死ぬかと思った」

「おぉ、ヴィル。ちゃんと洗脳が解けたか。よしよし。では、参るぞ」

「ちょっと待て、シオンは!?」

「だからー! 私はここで討伐するって言ってるでしょ! もし私がヤバそうだったら救援よろしく!」

「承知した! ほら、ヴィル掴まっておれよ!」

「待て待て待て待て! さすがにシオンだけを置いていくわけには……っ!! グルー、止まれ!! 引き返せ!!」


 上空でヴィルがギャアギャアと喚いているのを聞きながら、私はぴょんぴょんと崩壊した足元に気をつけつつ、数多の触手の攻撃を避けて、シュド=メルに近づいていく。

 これほど大きなシュド=メルに遭遇したことは今までなかったが、それでもかつてシュド=メルの前身であるクトーニアンと戦闘した経験はあった。その記憶を引っ張り出して対策を考える。


「この触手、切っても切っても無尽蔵に生えてくるし、厄介なのよね。魔力は多少転移だとか契約解除とかでちょっと使っちゃったけど、昨日の貯蓄ぶん考えたらまだ大丈夫そうね」


 自分の腹に手を当てる。魔力がまだなみなみとあることを感じて、これならいけると確信した。


 まず本体を直接叩いてから、魔法で圧縮する。不死身なせいでちょっと骨が折れるだろうけど、私ならきっとできる。

 何せ、魔力も万全。体力も万全だしね!


「では、いっちょ派手にいきますか!」


【何ヲゴチャゴチャトヤッテイル。貴様、魔力ダケハ美味ソウダ。ソノ魔力ヲ食ラッテ完全体ニナッテヤル!】


 向かってくる触手を避けたり切ったりしながらギリギリまで近づいていく。次々に襲いかかってくる触手のスピードはかなり速かったが、それでも超上級ギルドマスターだった私には取るに足らないものだった。


【クソッ! チョコマカチョコマカト……ッ】


「見切った!」


 大斧を顕現させると、本体である頭部を狙って投げる。刺さった箇所に亀裂が入り、そこの裂け目に向かってパチンと指を鳴らして稲妻を放つとさらに大きく裂けていった。


【ウギャアアアアアアア!!】


「我は命じる。我は行使する。身動きを全て停止させ、制限を設ける。拘束せよ、リストレイン!」


 私はシュド=メルを拘束し、すぐさま距離を取ると空に向かって魔法を放った。


 バチバチバチバチ……


 シュド=メルの頭上の空に亀裂が入り、時空の裂け目が現れる。


「よし、この大きさならどうにか……っ!」


 私が考えた策はこのままヤツを次元の狭間に落とすことだった。

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