第22話 真実の愛の口づけ

「ヴィデルハルト様に傷つけたら承知致しませんわよ!」

「どの口が言うか!」


 一々口が減らない小娘だとイライラするが、一応これでも聖女なので罵詈雑言をぶつけたい気持ちをグッと抑えた。


「聖女様! どうかお願いします!!」

「わかったわよ。でも、できるかどうかの保障はないからね! せいぜい契約破棄できるよう祈っておきなさい!」


 もし万が一、魔物が彼らと結んでいる契約を超高位魔法で結んでいたらさすがの私もすぐに破棄することはできない。

 破棄できるにしても魔物に飲み込まれる前となると恐らく不可能に近いだろう。


 だから、やるなら今しかない……!


 地中から這い出ようとしている今ならきっと魔物のリソースは全て地上に出ることのみに注がれているはずだ。契約を断ち切るなら今がチャンス。


「問おう、彼らの契約を。問おう、彼らに結ばれた契約を。見えぬ絆を今ここに示せ!」


 パンッと手を叩くと、彼らに繋がれている契約が見えるようになる。

 いずれも簡易魔法ではあるが、それぞれの首に絡まるように繋がれており、都市から出れば即座に首が飛ぶ仕掛けになっていた。


「感謝しなさい。これならすぐに外せるわ!」

「あぁ、聖女様! どうもありがとうございます!!」

「感謝するのは契約解除してからにして! 今からその首輪を外すから動かないでよ!? 動いたら首が飛ぶからね!!」

「ちょ、首が飛ぶってどういうことですの!」

「あんた今、人の話聞いてた!?」

「シェリー、黙りなさい!」


 シェリエンヌは不服そうな顔をしながらも押し黙る。さすがにもう言い争っている時間などなかった。


 私は大きく腕を広げると、巨大なハサミを彼らの頭上に出現させる。

 すると、途端にシェリエンヌが喚きだす。


「なななな、何ですのこれ!?」

「動くなって言ってるでしょ!? 手元が狂って首が落ちるわよ!」

「やだやだやだやだ! 死にたくないですわ〜〜〜!!」

「だったら、そのまま動かないで! いくわよ! ……我はこの契約を否定する。我はこの絆を断ち切る。全ての契約を無に返せ! コントラクトキャンセレーション!!」


 ゴゴゴゴゴゴ、ジョッキン…………っ!


 ハサミが大きな音を立てながら閉じると、繋がれていた契約魔法をまとめて断ち切った。


「これで問題ないわね。グルー! 彼らを外に出してきて」

「わかった! だが、シオンとヴィルはどうする?」

「私はヴィルを元に戻してからこの魔物を討伐するわ!」

「と、討伐じゃと!? さすがにこのサイズは無茶ではないか!? 大都市ぶんの魔力を吸い込んだ魔物じゃぞ!?」


 グルーの声が驚きすぎて裏返る。普通の人なら諦めるところだろうが、なぜだか私はやれる気がしていた。


「大丈夫! やれると思えば案外やれるもんよ!」

「どこから来るんじゃ、その自信!」

「うーん、わかんない! でもできないって思うより、やってやるって思ったほうがいいでしょ。ここでひよっても事態が好転するわけじゃないし」

「そりゃそうじゃが、さすがにこの規模はお主でも……」


 確かに、誰もが無謀だと思うだろう。けれど、不可能だと諦めたら何も起こらない。

 足掻けるなら最後まで足掻きたいのが私のポリシーだ。


「大丈夫、失敗したって死ぬだけだし! 勝てたらラッキーでしょ!」

「ポジティブすぎんか!?」

「ポジティブじゃなかったら聖女なんてやってないわよ! ということで、ちょっと魔力を温存するためにも彼らを外に出しておいて。そのあとはヴィルも外に出すために戻ってきてね!」

「それくらいはお安い御用じゃが……くれぐれも無茶するんじゃないぞ」

「引き際はわかってるつもりだから安心して! ほら、時間ないから早く行って! 大きさ、いつものサイズに戻っていいから!」


 パチンと指を鳴らすと、魔力抑制が解除されてグルーのサイズが元に戻る。

 それを見て、ギャアギャアとヴィヴリタス家一同が騒ぎ始めたが、構わず首根っこを引っ掴むとぽいぽいぽいっとグルーの背に放り投げた。


「じゃあグルー、行って! 気をつけてね!!」

「お主もな、シオン! ヴィルを頼んだぞ」


 グルーが行ったのを見送ると、隣にいるヴィルに視線を移す。

 ヴィルはゆらゆらと身体を揺らして安定せず、心ここにあらずといった様子だ。


「早くヴィルを治さないと」


 ぐらぐらとした床は落ち着かない。

 とりあえず部屋から脱出すると、屋敷は至るところが崩壊し、見るも無惨な状態になっていた。


「まずいわね」


 ヴィルの腕を引っ張って崩れていく屋敷の床を飛びながら降りていく。さすがに脱力しかけた成人男性を連れての移動は難しく、自分一人では軽々着地できるところも慎重にならざるを得なかった。


「全く、肝心なときに〜〜〜〜っ! 正気に戻ったらただじゃおかないんだからねっ!」


 恨み言を言いながらもやっと地面に着地する。

 そして屋敷から距離を取ったあと、ヴィルを正気に戻すために状態異常治癒の魔法をかけた。


「ヴィル〜、ヴィル〜?」

「………………」

「効果なさそうね」


 パチン、パチンと指を何度も鳴らすが洗脳は解けた様子がない。契約魔法は大したことなかったのに、洗脳魔法は思ったより高度な魔法が使われているらしい。


「真実の愛の口づけ、ねぇ」


 あの女が言っていた真実の愛の口づけという解除条件は本当なのだろうか。でも、治癒魔法が効かないとなると今できる方法が他にはない。


「うーん。物は試しと言うし、やってみるか」


 ヴィルには申し訳ないが、可能性として多少なりともある以上、やっておいて損はないだろう。

 まぁ、真実の愛って言われてもヴィルと私の間にそういうものはないからきっと無理だとは思うけど。


「ごめんね、ヴィル。ちょっとだけだから我慢してね」


 これは状態異常を治すためだからと心の中で言い訳しながら、心ここにあらずなヴィルを引き寄せる。


 何だか緊張する。


 治癒のためとはいえ、ドキドキしてくる。多分これはヴィルがイケメンだからに違いない。うん、きっとそうだ。


 ええい、ままよ!


 ヴィルの身体を引き寄せて唇にチュッと自分の唇を合わせる。ヴィルの唇は薄く、とても冷たくて柔らかかった。

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