第21話 集団心理
「襲撃だ!」
「魔物が現れたんですって!?」
「東部から炎が波となって襲ってきてる!!」
「みんな、逃げろー!!」
「おい、どこに行く! 戻れ!」
民衆が一斉に都市の外に向かって走り始める。その人々を見て、さらに走り出す人々。市長が必死に静止するも、誰も足を止めずに一目散に逃げて行く。
そしてどんどんと雪だるま式に増えていき、都市にいる大多数の人達が都市の外へと吐き出されるように飛び出していった。
その様子を眺めながら、我ながら成功だとにんまりと微笑む。
「集団心理の効力は凄まじいわね」
私が利用したのは集団心理だった。
一部の人々に催眠をかけ、幻覚を見せて都市の外に出るよう誘導する。
彼らはそれぞれ自分の恐怖の対象を口にしながら逃げていくため、釣られて他の人々も何かあるのではないかとの恐怖に引っ張られて逃げていく。
それがどんどんと派生していって、催眠をかけられた以外の人々はよくわからないという恐怖のままに都市の外へと逃げ出していき、彼らを傷つけずにスムーズに追い出すことに成功した。
「残ってる人は転移させて、っと。あとはヴィルとグルーの場所は……」
屋内にある生体反応は片っ端から都市の外へと放り出す。そのあとヴィルの居場所を掴み、転移魔法を使って移動しようとするも、なぜか弾かれてしまった。
恐らく、魔障壁で魔法などを弾くようにしているのだろう。きっと昨晩のことがあって対策したに違いない。
「だったら強行突破するまでよ!」
なるべく近くまで転移する。
そして転移した先の光景に、思わず感嘆の声を上げた。
「こりゃ、弾かれるわけだわ」
そこは大きな屋敷だった。きっとあのヴィヴリタス家の屋敷だろう。
その屋敷を今まで見たこともないほど厚い魔障壁が覆っていた。
「随分とまた立派な魔障壁を作ったものね」
ある意味感心してしまうほどの大きさと厚み。目に見えるほどの魔障壁というのはなかなかお目にかかれないため、まじまじと見てしまう。
確かにこれでは並大抵の魔法は弾かれるのは当然だった。
「でも、魔障壁は魔法攻撃は通さなくても物理攻撃は通すのよね。ということで、どっせーーーーい!!」
勢いをつけて魔障壁に殴りかかる。魔法でブーストをかけた拳はまっすぐ魔障壁に突き刺さり、そこから一気にヒビが入ると粉々に砕けて霧散した。
「聖女を舐めんなっての! 待ってなさいよ!」
私は砕けた魔障壁の中に飛び込むと、彼らの反応がするほうへ駆け出した。
◇
「ヴィル! グルー!」
どこかの部屋らしきところから二人の反応を強く感じて、私は思いきりドアを蹴破って飛び込んだ。
「シオンか! いいところに来た! 待っておったんだぞ!」
「待ってたって……え、ちょっとグルー。これ、一体どういう状況!?」
目の前の光景に唖然とする。なぜならそこにはあの女に寄り添い、ケーキを食べさせる無表情のヴィルの姿があったからだ。
そして令嬢は私の侵入に気づくと、見せつけるようににっこりと笑ってヴィル抱きつくように擦り寄った。
「来るとは思ってたけど、本当に来るとは……でも残念でしたわね。ヴィデルハルト様はもうわたくしのモノですわよ!」
「わたくしのものって……何が一体どうなってんの?」
「それが、ワシがちょっと目を離した隙にヴィルは洗脳されたようじゃ」
「はい!?」
まさかの事態に頭痛がしてくる。よりにもよって洗脳されるだなんて。
「何のためにあんたを置いていったと思ってるの!」
「そうは言ってもじゃな。まさかこんなことになろうとは。どうにかヴィルを正気に戻そうとしたのじゃが、下手に手出しするとお主の防衛魔法が発動するんで困ってたんじゃ」
「信じられない。防衛魔法を逆手に取られるだなんて」
防衛魔法は本人の意思に付随するため、洗脳された今は逆効果。まさかこれほどまでに高度な魔法が使えるとは想定外だった。
「ちょっと貴女達! わたくしを無視しないでくださる!?」
「煩いわね! 今グルーに状況確認してたんでしょ! 少しくらい待ちなさいよ! 短気な女は嫌われるわよっ」
「なんですって!? そもそも、普通こういうのは敵方に聞くものではなくって?」
「じゃあヴィルに何したのよ?」
「洗脳よ!」
ふふん、と胸を張って言う令嬢。それを呆れた様子で見つめる。
「それさっきグルーに聞いたから知ってるし。他に情報ないの?」
「他……他? 急に他とおっしゃられましても……あ! では、そうですわね、この洗脳を解くには真実の愛の口づけが必要ですのよ! ふふふ、わたくしの口づけでさえこの洗脳は解けないのですから、誰が何をしようと無駄ですわよ!」
「そこ、誇るとこじゃないし。それって普通にあんたがヴィルに嫌われてるってことだからね?」
「お黙りなさい! 貴女みたいにがさつで女捨ててるような方に言われたくないわ!」
「はんっ! こっちだってヒステリックに暴言吐く小娘になんか言われたくないわ」
バチバチバチバチ
視線だけで火花が散りそうなほど睨み合う。すると突然、ぐらりと視界が揺れた。
ゴゴゴゴゴゴ……!
地鳴りと共に地面が揺れ始める。恐らく地下に根づいている魔物のせいだろう。ヤツが住民が外に出たのに気づいて動き出したのかもしれない。
「きゃあああああ! 物凄い揺れですわ! ヴィデルハルト様助けてください〜!!」
「そんな状態のヴィルが助けられるわけがないでしょ! 元々そんなに能力ないのに。というか、あの魔物の管理はあんたじゃないの!?」
「わたくしなわけがあるはずがないでしょう!? そもそも管理などできるはずがありませんわ! わたくしたちが彼に従っているのですもの!」
「そこ胸張って言うことじゃない! あーもー、だったらさっさとこの都市から出なさいよ!」
「出られるならとっくに出てますわよ! ですが、わたくしたちヴィヴリタス家はこの都市から出られない契約になってますのよ!」
「そうなんです、聖女様!」
「ワタシたちをどうかお助けください!!」
「急に湧いて出てきたな……」
どこからやってきたのか懇願してくるヴィヴリタス家一同。
こいつらにプライドはないのかと思うが、この状況的に魔物に飲み込まれることはわかっているのだろう。命には変えられないと言ったところか。
「これが終わったら自首してもらうからね」
「もちろん!」
「何でも致します!」
「えぇ!? わたくし、何でもは嫌ですわ!」
「煩い。不正を働いてるんだから、あんたに拒否する権利はないのよ。あとヴィルのことも諦めなさい」
「嫌ですわ! ヴィデルハルト様だけは諦めたくありません!」
「なら、私は助けないわよ」
腕を組んで、ふんっとそっぽを向く。その間にも揺れは勢いを増していて、立っているのもやっとなくらいだった。
「シェリー! 諦めなさい!」
「そうだぞ、シェリエンヌ。元々脈なしなんだから今更諦めたところで大してダメージなどないだろう」
脈なしってわかってて洗脳したんかい。
どこまで自己中一家なんだと呆れる。
「嫌ですわ! わたくしのヴィデルハルト様だけは……!」
「そんなこと言ってると、その愛しのヴィルと共に心中することになるだけだけど?」
「そ、それは……! 困りますわね……」
「だったらヴィルをこっちに寄越しなさい」
ぐぬぬぬと眉間に皺を寄せて葛藤してる様子のシェリエンヌ。だが、背に腹は変えられなかったのか、渋々といった様子でヴィルをこちらに渡してくれた。
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