第20話 刺客

「ダメです」

「そこをなんとか! ちょっとだけ! ほんのちょっとだけだから!!」

「何と言われようと、絶対にダメです!」

「……ちぇー」


 市長にどうにか一区画だけでも魔法を使用させて欲しいとお願いしたら却下された。解せぬ。

 そして再びスコップ片手にえっちらおっちら土を掘る。

 しかもヴィルのとこにグルーを置いてきたから文字通りひとりぼっちだ。さっきの愚痴すら言えず、ちょっと寂しい。

 普段もギルドのメンバーだったり彼氏だったりといることが多かったから、こうして一人で何か作業をするというのは久々だ。


「てかここ、人っ子一人通らないってどういうことよ」


 いくら住宅街や都心から外れた地域とはいえ、ここまで人が通らないというのもどうなのか。それに、こんなに人がいないなら出会いがないじゃないか。

 これが恋愛ものの物語だったら、「大丈夫ですか、お嬢さん。僕も手伝いますよ」ってキラキラしたイケメンがやってきて私を助けてくれるというのに、なんなんだこの現実。

 出会いがなかったら婚活だってできないんだぞ。畜生。


「ここまで来ると隔離されてるレベルよね。何でこんなとこに畑なんて作ったのかしら、もう」


 文句を言いつつ腕を動かす。


 こんな仕事とっとと終わらせてさっさと次に行きたい。なるべく早く、イケメンでスキルが高くて大人びてて甘やかしてくれる彼氏……いや、未来の旦那様に出会わなくてはいけないのだから!


 そんなことを考えていると不意に背後から気配を感じる。数にして五人程度だろうか。


「……はぁ、やだやだ。私が出会いたいのはイケメンの未来の旦那様だっていうのに」


 ザクッ


 スコップを地面に深々と差す。

 先程までなかった殺気を一身に浴びて無視できるほど、さすがの私も鈍感ではなかった。


「何の用?」

「……ほう。我々に気づくか」

「そりゃ、そこまで殺気向けられたらね。で、私に何のご用事? お茶会のお誘いではなさそうだけど」

「貴様にはさっさとこの地より去ってもらいたい」

「なぜ? 私は要請でここに呼ばれたんだけど。それなのに何もしないまま帰れって言われても、こっちも都合が悪いのよね」

「なるほど。承服しかねるということか」

「そりゃあね。それで? そんな私は始末されるのかしら」

「話が早くて助かる。引き下がらぬと言うのならば、貴様はここで死ね!!」


 剣を持った男が斬りかかってくる。それを避けると、さらに他の男達が私に向かって斬りつけてきた。


「うーん、モテモテなのはありがたいんだけど。全員私の好みじゃないのよね。……ということで、一昨日来やがれ!」


 私がスコップで応酬すると、まさか抗戦すると思ってなかったらしい男達は一瞬たじろぐ。

 その隙をついて、身を翻しつつ腹部や頸椎に蹴りをそれぞれお見舞いした。


「ぐぇ!」

「こ、こんなに強いとは聞いてないぞ……っ」

「こいつ、聖女じゃないのか!?」

「魔法も使ってないってのに、くそ……っ」

「おあいにくさま。聖女だからってか弱いとは限らないのよ」


 スコップを自在に操り、刺客らしき男達を次々のしていく。そして、結局魔法を使わず五人いた刺客達を見事に全員気絶させ、縛り上げたのだった。



 ◇



 ぺちぺち


 気を失っている男の顔をスコップで軽くつつく。すると、意識を取り戻した男が現状に気づき暴れ始めた。


「っく、……は! 何だ、どうなっている!?」

「おーはよーございまーす」

「貴様、我々に何を……!?」

「何をって……見てわからない? 縛り上げたの」


 私がニコニコと微笑むと気を失う前のことを思い出したのか、見ぐるみを剥がされ身動きが取れない状況に青褪める男。

 先程いたはずの仲間達の姿も見えず、動揺している様子だった。


「それで? 誰の指図で私を殺そうとしたのかしら」

「誰が貴様に言うものか!」

「ふぅん。そんな態度とってもいいのかしら? では、はーい、ちゅうもーく! あちらをご覧ください〜」

「な……っ!」


 私が視線を誘導すると、その先には彼の仲間達が一緒に縛られている姿。しかもみんな既にボロボロの状態だ。


「貴様、何をした!」

「うん? ちょっと色々聞きたいことがあったから聞いただけだけど?」

「聖女の分際で、何て真似を……!」

「あら。聖女が非人道的なことをしてはいけないだなんて決まりはないでしょう? 貴方もあぁなりたくないのならさっさと吐いちゃったほうが身のためよ」

「っく! 下衆が!」

「不意打ち狙ってた刺客にそんなこと言われたくないんですけど〜? ほら、さっさと誰に依頼されたか言わないと貴方の足先からじわじわと燃えるわよ?」


 パチンと指を鳴らすとボゥッと男の足先から火が出る。その火はじわじわと燃え広がり、彼の脚を包み込んでいった。


「熱いっ! 熱いっ!! 貴様、魔法を使わぬよう厳命されているはずでは!?」

「そんなの、殺されそうになってまで守るほどのものじゃないに決まってるでしょ。それにそんなこと気にしてる余裕なんてあるの? ほらほら、どんどん燃えていっちゃうわよ〜? さっさと吐かないと丸焦げになっちゃうけど、いいのかしら、ふふ」


 にっこりと口元を歪ませると、再びパチンと指を鳴らす。すると炎は勢いを増して、下半身を飲み込み、あまりの熱さに男がわっと泣きそうな顔をした。


「忠誠心は結構だけど、それは死に値するのかしら? ま、それもオツかもね」


 私が揺さぶりをかけると、男はワナワナと震え出す。あともう一押しと言ったところか。


「ではその忠誠心に敬意を示して、もっと燃やしてあげる。あぁ、焼き上がったら魔物の餌にでもしようかしら」

「うぅうううぅうう、ヴィヴリタス家だ! 我々はヴィヴリタス家に仕えている!!」

「ヴィヴリタス家からの依頼で私を殺そうと?」

「そうだ! この土地の調査をする者は全て始末しろと言われている!」

「へぇ。何で?」

「そ、れは……」

「言わないと魔物の餌よ? それに、そこまで言っちゃったのだもの、もう何を吐いたところで処遇は変わらないわよ」

「っっっっっっっ! ヴィヴリタス家が仕える魔物に手出しをさせないためだ!」

「ということは、ヴィヴリタス家は魔物に仕えているということ?」

「あぁ、そうだよ! この都市は魔物に魔力を捧げるために作り上げたものだからな!」

「ふぅん、なるほど。そういうことだったのね。わかったわ、色々と教えてくれてありがとう。では、おやすみ」


 パンッと手を叩くと意識を失う男。その身体は焦げつきもなければ、燃やされてすらなく、先程の彼が見た光景や感じたものは全て私が作った幻覚だった。

 先に事情聴取した男達にも既に幻覚による尋問を終えており、ほぼほぼ言ってることは同じだったので、彼らがヴィヴリタス家に雇われているというのは間違いないだろう。


「大体証言は一致してるわね。ヴィヴリタス家が絡んでたのはある程度想定してたけど、まさか魔物も絡んでいたとは。しかも、ヴィヴリタス家が魔物に使役されていた側だったなんてね。どうりで数年でここまで都市を発展させて資産家になったわけだわ。でもこれで黒幕はわかったし、もう土を掘らずに済みそうなのはよかったわ」


 魔法を使うな、というのも恐らく感知魔法を使われたくない言い訳だろう。そうなると市長もグルと言うことか。いや、ヴィヴリタス家に逆らえなさそうだったから、ただ単に言いなりになってただけかもしれないけど。


 とりあえず、これは早々に片をつけないとまずそうだ。


 魔物がこの都市にある魔力を吸い上げているというのが事実ならば、現状これほどまでに土壌に呪いが漏れ出してることを考えると結構な力が蓄えられて、蓄えきれずに溢れてるということの証左に違いない。

 このままだとじきに都市ごとその魔物に飲み込まれる可能性だってある。


「ちょっとは骨のある仕事になりそうね」


 これは大掛かりなことになりそうだと身構える。ギルドでもこれほどまでの大きな案件はなかったため、ちょっとした武者震いを起こした。


「まずはこの都市からどうやって人を追い出すか。それから、なるべく早くヴィルとグルーと合流しないと」


 このままあの令嬢のとこにいたらまずいことになりそうだと思いつつも、恐らく彼女のヴィルへの執着ぶりを考えるとすぐに命を奪われるようなことはないと考える。


 であれば、まず優先すべきはここの都市の人々だ。彼らをどうにかこの都市から出さないと。


 私は過去の経験を振り返りながら、知恵を絞って最善の方法を導き出すのだった。

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