第17話 呪い

「あああああ! もう無理! 疲れた! 死ぬ!」

「ワシも疲れた。あそこまでして何も出てこないとは……」


 市長に用意された宿泊所のベッドにバタンと一人と一匹で突っ伏す。

 もう全身筋肉痛だった。

 いくら普段自宅の畑を世話していたとはいえ、その何十倍もある広大な畑を己の肉体のみで掘り返すのはさすがにキャパオーバーだ。

 普段魔法に頼っているとはいえ、これほどまでに腕や腰と脚に来るとは思わなくて想像以上の過酷な作業に心身共に疲弊していた。

 しかもそれだけ頑張ったのに収穫は何もなし。ただ無駄に土を掘っただけという情けない結果で終わってしまった。


「でもさー、確かに呪いの類いがあるのは感じるのよねぇ」

「そうじゃな。何やら、ちと臭ったな」


 市長にスコップを渡され魔法を使うなと言われたときは、聖女を呼んだのはただの気まぐれでちょっとした嫌がらせかと思っていたが、実際に掘り返してみると確かに呪いの気配がしていた。

 ほんの僅かではあるものの、呪い特有の悪臭と毒物を孕んだような靄が辺り一面を覆っていて、実際に作物の種を蒔いてみたらすぐに種が腐ってしまったのだから相当だ。


「どう見ても土の下に原因があるとは思うけど、ここまで掘って出ないとなるともっと深いとこってことかしら」

「そうじゃな。だが、魔法を使うなというのが厄介じゃのう」


 ここまで土が汚染されているなら魔法を使ってもいいんじゃないかと思ってしまうが、やっぱりダメだろうか。

 できれば明日バレないように魔法を使ってしまいたい。

 というか、ここまで汚染されてるなら一度全部浄化する必要がある気がするし、そうなれば魔法は必須だろう。


「どうにか言い訳して浄化できるように持っていくかぁ……」


 パチンと指を鳴らして回復魔法を自分とグルーにかける。今日は魔法をほぼ使わなかったため、魔力が有り余るほど残っていた。


「あー……魔力って使わなすぎてもダメね。なんか力が有り余って寝れる気がしないわ」

「シオンの場合、胎内で作られる魔力量が極端に多いんじゃろうな。人間でここまでの魔力の持ち主は滅多に見ないしのう」

「確かに、珍しいかもね。昔からやけに無尽蔵に湧いてくる感じなのよね。実際、元カレに魔力炉って揶揄われたこともあったし」


 かつて、元カレにフった腹いせに「俺だって元からお前のこと好きじゃねーし! お前なんかただの便利な魔力炉にしかすぎないんだよ!」と言われたことを思い出す。

 当時、私の魔法に頼りきりで自堕落になった彼に我慢ができずに別れ話をしたときに言われたのだが、未だに当時のことをすぐに思い出すくらいにはちょっとしたトラウマだ。


「魔力があることはいいことじゃが、あまりそれを表に出さないほうがいいかもしれないのう」

「何で? やっぱり魔力が溢れてる女ってモテないかな?」

「それはどうか知らんが、魔力を狙った魔物に攫われる可能性や喰われる可能性もあるからの。気をつけるに越したことはないと思っての」

「あーそういうことね。なるほど。まぁ、そんなことされそうになったら返り討ちにするけど」

「威勢がいいのは結構じゃが、みながみな一筋縄でいくような魔物ではないぞ?」

「何よ、グルーったら私の心配してくれるの?」

「別に……そういうわけじゃないが。契約上お主がいなくなったらワシも共倒れになる可能性があるからのう」

「はいはい。そういうことにしといてあげる」


 素直じゃないなぁとニマニマ笑っていると「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向くグルー。ツンデレか。


「そうじゃ、魔力が余ってるのならあやつの様子でも確認したらどうじゃ?」

「あやつ?」

「ヴィルじゃよ。結局連れ去られたままじゃろう?」

「あー、すっかり忘れてた。でもどうせ、あのどっかのご令嬢とイチャイチャしてるんじゃない?」

「なんじゃ嫉妬か?」

「だから違うって。私の手伝いもしないでのうのうとしてるのが気に食わないだけ」


 やたらと私とヴィルをくっつけようとしてくるグルー。

 ただの師弟関係だというのに。それに、百歩譲ってそういう関係になったとしても身分差を考えると現実的じゃない。

 そもそもヴィルは見た目は好みだけど、性格がきっと合わないと思う。王子だし。逆にヴィルも私みたいな女など願い下げなはずだ。


「そうは思えないがのう。とりあえず、魔力消費がてら様子を見に行ってやったほうがいいじゃろ? 情報交換もせねばならないし」

「まー、それもそうね。じゃあ、行きましょうか」


 別に、ヴィルのことが気になるから行くわけじゃない。これはあくまで情報交換のためだ。

 あのご令嬢とイチャイチャしてようがナニしてようが私が知ったことではない。

 って行って、ナニ中であったら気まずいけど、さすがにここでコトに及ぼうとはしないだろう。多分。


 私はそう自分で自分に言い訳をしつつ、あらかじめヴィルに持たせていた自分の魔力を含ませた魔石を頼りに位置を特定する。


「我が力を辿り、彼の者へと我らを導け。セドオン!」


 詠唱すると、雷雲が私達を包み込む。

 そして、一瞬にして雷雲の中に飲み込まれると、目の前には大きな部屋のど真ん中にあるベッドの上でひぐひぐと半泣き状態で服を乱しているヴィルがいた。


「……何やってんの」

「し、し、シオン〜〜〜〜!!!」


 私を見るなり、わっと泣き出して縋りついてくるヴィル。

 男性がここまで泣くのを初めて見た私は戸惑いながらも、よしよしと彼を受け入れて訳もわからず慰めるのだった。

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