第18話 元婚約者候補

「悪い。みっともないところを見せた」


 ヴィルはひとしきり泣いたあと、恥じ入りながら謝罪してきた。

 一応王子のプライドや男心にある程度理解があるつもりなので「見なかったことにするから気にしないで」と私が言えば、消え入るような声で「ありがとう。すまない」と答えるヴィル。

 服も乱れてシワが寄っていたのを綺麗に元に戻し、腫れぼったかった瞼は治癒魔法を施していつもの綺麗なヴィルに戻すと、彼はホッとしたような表情をした。


「で、どうしたの?」

「それが……何といえばいいのか。その……」


 なぜかもじもじとしてハッキリしないヴィル。言いにくいのはわかるが、短気な私は直球で「あのご令嬢に襲われたの?」と聞くと、ヴィルは一瞬面食らったような表情をして言葉を詰まらせ視線を泳がせたあと、静かに頷いた。


「夕食後にあてがわれた部屋で寝るということになったんだが、なぜか彼女がついてきて……一緒に寝ようと強引にベッドに押し倒されてしまって……」

「そのまま襲われた、と」

「あまりそこを強調しないでくれ。それに未遂だ。その、ふ、服を少し、脱がされかけただけで……」


 再び泣きそうな顔をするヴィルに「ごめん」と謝る。あまり思い出したくないらしい。

 力の差的にも相手は女性ではあるものの、あの恰幅の良さを考えると細身のヴィルなら遠慮もあって押し倒されてもおかしくないだろう。


「でもよく未遂で済んだわね」

「それは……咄嗟に火の魔法を出して彼女の前髪を焼いてしまって」

「なるほどね、それで未遂」


 いくら相手が女性とはいえ、意中ではない相手にベッドに押し倒されて服をひん剥かれたら、そりゃとっさに防衛魔法くらい出すのも無理はない。

 きっと私だったらコテンパンにして再起不能(物理)にする自信があるから、ヴィルの不可抗力はまだマシなほうだろう。

 とはいえ、ヴィルの力量的に力加減ができていないはずなので、がっつり焼いたのではないかと想像するとちょっと笑えた。


「悪い。それと、言い訳として聖女の加護で防衛魔法が働いたことにしてしまった」

「あはは、それくらい別にいいわよ。そのほうが辻褄が合うだろうし、なんだかんだで下手に手出しができない相手なんでしょ? 私はヘイトが向けられても別に困らないし。気にしないで」

「すまない」


 げっそりとするヴィル。

 ちなみに、彼女は燃えた前髪をどうにかするべく自室へと走って戻ったらしい。

 前髪を直す魔法なんてあったかなーなんて思いながら、とりあえずこのまま戻ってきても困るので、この部屋に入れないようパチンと指を鳴らして鍵掛けの魔法を施しておく。


「とりあえず、これでもう彼女は入ってこないと思う」

「すまない、助かる」

「一応本当に防衛魔法もかけておこうか? 接触すると痺れて動けなくなるくらいの簡単なものだけど」

「できれば。明日も同様のことが起こらないとは限らないからな」


 ヴィルがぽつりと溢す。

 その気持ちはわからなくもない。一方的な感情の押しつけほど嫌なものはないだろう。

 特に抗えない相手というのはかなり厄介だ。王子だから何でもできるわけではないのはちょっと意外だったけど。


「てか、そもそもあのご令嬢誰なの?」

「彼女はシェリエンヌ・ヴィヴリタス男爵令嬢。俺の元婚約者候補だった女性だ」

「元、婚約者候補……なるほど」


 ヴィルの話を要約すると、彼女は国内でも一、二を争うほどの資産家の令嬢らしい。

 この都市マダシの交易の要である運河などを扱っている家だそうで、潤沢な資産に目の眩んだ王家の親類が一度縁談を結ぼうとしたそうだ。

 けれど、どうしてもシェリエンヌの見た目から性格から全部が好きになれず。しかもあまりに彼女は国のことも自分の家の商いのことも知らなすぎて、王妃としての器として相応しくないとの報告も含めてヴィルは縁談を断ったらしい。

 ヴィルに甘い国王はそれならば致し方ないと縁談をなかったことにしたらしいのだが、どうやらそう簡単には終われなかったというわけのようだ。


「シェリエンヌはなぜかオレに執着しててな。『見合った女性になればいいのですね!』と、困ったことに前向きに捉えているんだ。だから婚約は有効になってると思い込んでいるし、ヴィヴリタス家もそのような認識らしい」

「ということはつまり、ヴィルは婚約すらした覚えがないけど、あのご令嬢は自分のことを婚約者だと思っているし、現在は王家から課せられた王妃としての能力を身につけるための準備期間で婚約中だと思っていると」

「簡単に言うとそういうことだ」

「面倒なのに目をつけられたわね」


 さすがに同情せざるを得ない状況に憐れむ。タイプじゃない人物から追われて執着されるなど、想像するだけでおぞましい。

 かつて同様にタイプでもない思い込みの激しい男性からストーキングされたことがあるため、その気持ちは痛いほどわかった。

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