第16話 嵐の女

「王都より要請があって参りました。聖女シオンと申します」

「これはこれは、聖女様ですか! お待ちしておりました!! 私がここの市長であるマデランです」


 マダシに入るなり検問で身分などを明かせと言われる。私が聖女だと名乗るとすぐさまどこからともなくやってくる市長。


 やけに早い気がするが、一体どういうシステムなんだこれ。


 ちなみにヴィルは相変わらずフードを目深に被ってキョロキョロと忙しなく周りの様子を窺っていた。


「ヴィル。市長に会うのにその様子だと失礼じゃない? 近くにその会いたくない相手がいないなら、ちゃんと顔見せしておいたほうがいいわよ」

「そ、そうだな。悪い」


 こそっと話しかけると、さすがのヴィルもこのままではまずいと思ったのかフードを外す。

 すると、すぐさま目敏い市長が「おや、貴方様は……」と口走ったときだった。


「きゃあああああ!! ヴィデルハルト様〜!!!!」

「っ! ……マジか」


 遠くから甲高い声が聞こえたかと思えば、ヴィルがすごい真っ青な顔になる。そして、猪かと思うほどの勢いで何かがそのままヴィルに突っ込んだ。


「うわっ!」

「ワタクシに会いに来てくださったのね! ヴィデルハルト様!! シェリエンヌ、嬉しい!」


 ヴィルが吹っ飛ばされそうになるのを慌てて受け止めるが、彼が倒れそうになっているのもお構いなしに目を潤ませてひっつく女性。

 恰幅がよく、走った勢いもあって細身のヴィルが吹っ飛ばされるのも無理はなく、恐らく私が受け止めなければちょっとした事故になっていただろう。

 グルーも慌てて私の肩に飛び乗り、潰されそうになったのを逃れていた。


「ヴィル、大丈夫!?」

「あ、あぁ、大丈夫……だが……」

「……ヴィデルハルト様、その女は?」


 ヴィルを心配して声をかけると、あからさまな敵意を向けてくる女性。この状況、なんとなく既視感があるようなないような。


「彼女はシオン。聖女として国の安寧のために頑張ってくれている女性だ」

「どうも。初めまして、シオンです」

「ふぅ〜ん。聖女のわりには幸薄そうな顔ね。そんな人がなぜワタクシのヴィデルハルト様と一緒に?」


 カチンッ


 思わず「はぁ!?」と言いそうになるのをグッと抑える。

 高圧的に苛立ちを隠さぬまま質問され、眉間に皺が寄りそうになるのを必死に顔に力を入れて笑顔をキープする私。


 幸薄そうとか、失礼すぎるでしょ! なんなの、この女。ヴィルと一緒にいるだけで何でそんなこと言われなきゃならないのよ!


 内心憤慨するも、彼女がどういう立場でヴィルとどういう関係なのかわからない以上、下手なことは言えない。

 女性の身なりはよく、宝飾品をジャラジャラと身につけ、ヴィルも嫌がりながらも無理矢理彼女を引き剥がすことはしていない。市長もこんな状況なのに口を噤んでいる辺り、恐らくかなり身分の高い貴族か何かなのだろう。

 一応、聖女として私がここでヘマするわけにもいかないだろうし、きっと私のほうが年長者であることも考え、苛立ちをグッと隠して笑顔のまま答えた。


「お気に障ったなら申し訳ありません。ヴィルとは国王から私と共に国を見て回るように言われただけの関係ですので、ご心配にはおよびません」

「気安くワタクシのヴィデルハルト様を呼ばないでちょうだい!」

「え、あ、ハイ」

「ほんっとう、ブスなババアのくせに身の程を弁えなさいよっ! 聖女だかなんだか知らないけど、ヴィデルハルト様はあんたみたいな下賤な女が一緒にいていいお方ではないのよっ!!」


 ブスでババア……だと?


 何でヴィルといるだけでなぜここまでこき下ろされなければいけないのか。

 怒りでわなわなと震えると耳元で「漏れとる漏れとる。落ち着け」とグルーに止められる。どうやら怒りすぎて身体から魔力が溢れていたらしい。

 私は静かに深呼吸すると気持ちを落ち着かせる。


 てか、やたらと私を敵視してくるけど、この女なんなのかしら。上級貴族なことだけはわかるけど、ここまで無遠慮に言いたい放題って躾はどうなってんのよ。

 ヴィルとは別にそういう関係でもないし、ただの師弟だから。そもそも私の好みのタイプではないし。


 不満が頭の中をぐるぐる巡るが、私が彼女にそう言ったところできっと聞き入れないだろうと額に青筋をピキピキ立てながらも笑顔をキープする。


「シェリエンヌ、シオンに謝れ」

「どうして、ワタクシが!?」

「彼女を一方的に侮辱したからだ」

「ふんっ、絶対に嫌ですわ! ヴィデルハルト様がどうしても謝れとおっしゃるのであれば、我がヴィヴリタス家は王家への交易を打ち切りますわっ」

「なっ! それ、は……」


 苦悶の表情を浮かべたあと、申し訳なさそうにこちらを見るヴィル。どうやらやはり強気に出られないわけがあるらしい。


「ヴィ……じゃなかった、王子いいですよ。私は大丈夫ですから」

「ふふんっ、わかればよろしいのよ。貴女は仕事をしに来たのでしょう? さっさとなさってちょうだい。ほら、ヴィデルハルト様! 貴方様は早速我が家へ参りましょう〜! 歓迎致しますわっ!」

「え? ちょ、……待っ……」


 有無を言わさずにヴィルは連行されていく。まるで嵐のようだな、と思いながらも私はその姿を見送るしかできなかった。





 ザクッ、ザクッ、ザクッ……


 スコップで地面を何度も掘り返し、確認してはまた掘り返す。ちょっとした畑ができそうなくらい耕しつつも、それらしいものは出てこなかった。


「あーもう! 聖女がスコップで地質調査とか信じられないっ!」


 文句を言いつつもスコップの手を緩めない。

 というのも本来なら魔法でちゃちゃっと掘り返したいところなのだが、市長命令で魔法禁止令が出てしまったのだ。


「水質汚染か何かで畑に異常があって作物が育たないから原因調べろってくせに、魔法は使わないでくださいとか信じられる!? 無魔法野菜が売りだから、ってそんなん知るか!!」

「随分と荒れとるのう」

「そりゃそうでしょ! 魔法も使わずにこの広大な畑の土をちまちま掘り返してたら文句の一つも言いたくなるわよ」


 市長はスコップを渡し、「ここの土地は魔法を一切使わないことで有名でして。そのため魔法は一切使わずに原因を突き止めて欲しいのです」と言うなり、手伝うことなくさっさとどこかへ行ってしまった。

 そのため残された私はスコップ片手に延々と一人で土を掘り返さねばならなくなってしまったのである。


「そうじゃなくて、あの小僧が取られてしまったせいもあるじゃろう? 人間の女の嫉妬は恐ろしいと聞いているぞ」

「はい? だから私とヴィルはそんなんじゃないし。ヴィルがいたところで、あの女がいたら土掘り返すなんてさせないでしょ。そもそも、体力やら技術やら王子なヴィルに土掘り返すことなんかできるわけないだろうし、どっちにしろ戦力外よ」


 へっぴり腰でスコップの扱いさえ満足にできないヴィルを想像する。


 うん、やはり戦力外だ。


 もし腰などいわせたら旅どころの話ではなくなってしまう。


「それにしても手慣れているのう」

「まぁね。元カレが無魔法野菜が食べたいだとか、新鮮な野菜が食べたいだとかで自宅に畑耕してたし。結局みんな言うだけで手入れしてたの私だけだったし、それでどんどんこういうスキルも手に入れるハメに……」

「なんて言うか、お主は本当に男を見る目がないのう」

「煩いわよ。そういう憐れみの目で見ないで」


 生暖かい眼差しで見つめられて、ふんっと鼻を鳴らす。たまたま好きになる人が一緒に過ごすうちになぜかだんだんと気の緩みなのか甘えなのかどんどん自堕落になってしまっていくのだ。

 決して私のせいだけではない……はず。


「尽くしたくなっちゃうのってダメなのかなぁ」

「やりすぎなのはよくないんじゃないか? ほら、畑だって過度に栄養や水をやってたらいいというわけじゃないじゃろう?」

「なるほど確かに。案外まともなこと言うのね、グルーって」

「ワシはこう見えても長寿じゃからな。人間よりも物事を考える時間は多いのじゃ」

「そのわりには浅はかに人間を食べようとしてたけどね」

「好奇心はいくつになっても必要じゃから……ぐえっ」


 首輪が不穏な言葉を検知したからか、グルーの首がキュッと絞まる。さすが拘束の魔道具の中でもとびきりいいやつを買っただけあって精度がいい。


「ほら、そういうこと言うと痛い目見るわよ」

「ちょっとした軽口だと言うのに」

「はいはい。とにかく、原因突き止めて解決しないことには次いけないからさっさと原因突き止めるわよ。グルーもちょっとは手伝って」

「ワシにこの身体で土を掘れと!?」

「うーん、じゃあちょっとだけ大きさ戻してもいいから。中型犬くらいのサイズで」

「はぁ、気が遠くなりそうじゃ」


 文句を言いつつも渋々と言った様子でサイズを変えて掘り起こすのを手伝ってくれるグルー。なんだかんだいいやつだ。


「ありがとう、グルー」

「もっと感謝してもいいんじゃぞ」

「すぐに調子乗らない。さっさと調べて終わらせて美味しいもの食べたら、さっさとこの都市とおさらばするわよっ!」


 うぉぉおおおお!! とスコップで土を掘り起こす。日が暮れる頃には筋肉痛で腕がパンパンになるのだった。

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