第14話 ドウイタシマシテ
「ということで、討伐してきました!」
「おぉ、まさか、本当に討伐してくださるとは……! さすが聖女様! どうもありがとうございます!! 村を代表してお礼申し上げます!!」
「なんとお礼を申し上げたらよいか! 本当に本当にどうもありがとうございます!!」
「いえいえ、お気になさらないでください。私は使命を果たしただけですから」
先程グリフォンを脅したときとは打って変わって愛想のよい笑顔で応対する。猫かぶりなら誰にも負けない自信があった。
背後から訝しむ視線を感じるが、あえてスルーする。
ちなみに、グリフォンは村の近くまで乗りつけたあと村人達を怖がらせないようにきちんと手の平サイズに縮小してもらっている。
このサイズだと持ち運びも便利なのと魔力も最小限に抑えていられるため、ヴィルが目立たぬようにポケットに忍ばせていた。
「なぁなぁ、さっきまでの態度とは大違いだとは思わぬか? ワシに対してあんなに悪意に満ちた笑みを浮かべて従うか死ぬかの選択を迫る脅迫をしていたというのに」
「あー、あまりそういうこと言わないほうがいいぞ。シオンは地獄耳だから」
パチンッ!
「熱っ!」
「ギャア!!」
「どうかされましたか!?」
「いえ、お気になさらず。恐らく静電気か何かが起きたのでしょう」
二人の悲鳴に村長が慌てるのを、にっこりと屈託ない笑みで鎮める。
背後から恨めしげな視線を二人分感じるが、くるっと振り返り「ねぇ?」と微笑めば、二人とも静かにぶんぶんと首を縦に振った。
「よかったな、ジュン。これで生け贄にされずに済むぞ!」
「えぇ、そうですね! これも全て聖女様のおかげです。本当にどうもありがとうございます!」
ジュンがはらはらと涙を流して歓喜している。
あぁ、泣いてる喜ぶ姿も素敵。美しい涙……とても絵になる光景だわ。ふふふ、これできっとジュンさんは私のことを……!
と思ったときだった。
「さぁ、早速ピュアに伝えてきておくれ。部屋で吉報を待っているだろうから」
「ありがとうございます、お義父さん! では、早速行ってきます!」
ジュンは最初に会ったときとは別人かと思うほど鬱々とした表情から一転、パッと顔を明るくさせると走ってこの家の奥に向かった。
取り残された私は、事実を確認するために村長を見つめる。
「あ、あのう。ピュアというのはどなたでしょうか? それと、村長がお義父さんとは?」
「あぁ、ピュアというのは我が娘です。実は、最初の生け贄の候補は我が娘ピュアだったのですが、婚約者であるジュンが自分が代わりになると申し出てくれましてな。誠に心優しき青年でして。自らを犠牲にしてまで我が娘を守ろうとしてくれまして」
「そ、そうなんですか。婚約者の代わりに……」
「えぇ、それからはお互い好き合っているものの、会うのはつらいと顔を合わせぬよう部屋に籠る日々を過ごしておりまして。ですが、聖女様のおかげで無事に二人は結婚することができます! 諦めていた二人の幸せな晴れ姿が見れるなんて、本当にありがとうございます!!」
「いえいえ、ドウイタシマシテ」
笑顔が張り付く。
遠くから、歓喜の声と「愛してる!」「私もよ!」というドラマチックな声が聞こえ、そんな私を慰めるように「まぁ、ドンマイ」とヴィルに肩を叩かれ、私はひっそりと心の中で涙を流すのだった。
◇
「では、私達はこれで」
「もう行ってしまわれるのですか?」
「えぇ、まだ私達の救いを求めている方はたくさんいらっしゃいますので」
それらしいことを言って引き留めを上手く躱す。また二人の疑いの眼差しを感じるがそこはスルーする。
「そうですか、残念です。ぜひ二人の結婚式までいていただきたかったのですが」
「私も聖女様に結婚式を見ていただきたかったです」
「ピュア。聖女様はお忙しいのだから、ワガママを言ってはダメだよ」
出会ったときの陰鬱な感じはどこへやら。幸せいっぱいの表情を浮かべるジュン。
そしてその傍らにいるピュアはとても愛らしく、誰もが可愛いと思える容姿をしていて、そりゃこんな可愛い子のためなら自分が犠牲になるよねと納得した。
「魔物避けの魔法壁のことですが、一応この辺一帯と上空からの攻撃や侵入からも防げるように強化しておきました。それでももし何かあったときはこの魔石を利用してください。私の魔力を入れておりまして、あのグリフォン程度なら一瞬で滅却できるほどの魔法が複数回撃てるようになってます。もちろん非常時のみに使用できるようロックもかけておりますので、悪用しようとした場合は魔法で電流が流れるようになってます。あぁ、あとそれから、こちらは何かあった場合の連絡手段としての通信装置です。これがあれば近隣ギルドなどにすぐ連絡ができますので、いざというときにご活用を」
「な、なんと! 討伐だけでなくこれほどまでに今後のことを考えてくださるとは。重ね重ね、どうもありがとうございます」
「いえいえ。私はできることしかしておりませんから。それに、政府だけでは手が回らないこともありますし、ギルドで解決することもありますので、選択肢は多いに越したことはないかと。では、プハマの村にご多幸があることをお祈りして、私達はこれで。お二人とも、ご結婚おめでとうございます」
祈り魔法でこの村に幸福が継続的に起こるようにしておく。継続効果はそこまで長くないが、ちょっとした結婚祝いの置き土産だ。
「シオンってなんだかんだ言いつつも人がいいよな」
「何よ、急に」
村を出たところでヴィルが声をかけてくる。
しかも突然褒められて、思わず身構えてしまう。
「いや、失恋したのにあんなに色々尽くすって凄いよなって思って」
「失恋したとか言わないで。別に、ちょっといいなーって思っただけだし! それにピュアさん可愛かったからどうやっても勝ち目ないわよ」
「ほら、そういうとこ。人を貶すとかあんましないよな。女の敵は女と聞いていたが、シオンは案外そういうのないんだな」
褒めてるのか貶しているのか。
いや、この言い方はきっと褒めてるつもりなのだろうな。
きっと私でなければはっ倒されててもおかしくない言い草だけど。
「私を何だと思ってたのよ。てか、そういう人もいるにはいるだろうけど、女って一括りにするのはよくないわよ」
「そうか? オレが今まで会った女はそういう傾向が多かった気が」
「それはヴィルが王子だからでしょ。利害関係があるならそりゃそういう人も近づいてくるだろうし」
「そういうもんか?」
「そういうものよ。これだから世間知らずは。それに、ピュアさんみたいに可愛くて一途な人がいたら誰だって諦めるでしょ」
「そういうもんか?」
「そういうもんなの! 勝ち目のない片想いなんてつらいだけでしょうに。ということでさっさと次の街に行くわよ。確か、次は大都市マダシでしょう?」
次はマダシ。
聞くところによると大きな都市であるがゆえに何か問題があるらしい。詳しくはよくわからないが。
「じゃあ出発しましょうか。グリフォン、用意して」
グリフォンに再び元のサイズに戻るように言うと何やら難しい顔をしている。何か問題でもあるのだろうかと「どうしたの」と尋ねるとグリフォンが眉を顰めた。
「お主達、付き合っているのか?」
あまりの放言に一瞬フリーズする。ヴィルも同じようだったようで、ポカンと間抜けな顔をしていた。それを見て我に返る。
「はぁ!? 今の話の流れでどう解釈してそういう結論が出るのよ! ありえないでしょ!!」
「そうだぞグリフォン。シオンとは別にそういう関係じゃ……っ」
「いや、仲が良いなと思うて」
「「よくない!」」
「ほれ。シンクロしてるじゃないか。相性がよい証拠じゃろう?」
「それは、確かに……」
「いや、ヴィル。何でそこで日和るのよっ! とにかく違うの!」
「そうなのか? 人間はようわからんのう」
首を傾げているグリフォンに、「いいから、さっさと次の場所に行くから早く元の大きさになる!」と指示を出す。不本意そうではあるもののすぐさま元の巨体に戻ると、すぐさま跨った。
「ぐぇっ! そんな勢いつけて乗るんじゃない」
「ふぅん、私に指図する気? 随分と偉いご身分になったものね?」
「ひぃぃぃ!」
「グリフォン。シオンの機嫌が悪いうちは諦めろ」
「余計なこと言わないで! ほら、時間は待ってくれないんだからさっさと次行く!」
こうしてドタバタと、私達は次の目的地であるマダシへと向かった。
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