お正月の赤いきつね
あるあお
第1話
カップ麺と言えば、我が家ではお正月のイメージが強い。というのも、年越し蕎麦の代わりに、カップ麺を食べるのが毎年の恒例となっているからだ。
その年も例年通り、多種多様なカップ麺を事前に用意してあった。少し違う事と言えば、その年は親戚の従弟達も集まっており、子どもだけでも6人ほど集う年であった。
深夜0時を過ぎ、新年の挨拶が終わると、子ども達は自分の好きなカップ麺を買い物袋から取り出してくる。
我が子達が率先してカップ麺を選び、従弟の子ども達もそれを真似て、思い思いのカップ麺を取り出していく。我が家の長男は赤いきつねを選び、一番年の近い従弟の男の子は、色違いで緑のたぬきを選んでいた。
子どもたちを手伝い、ビニールを破り、蓋を開け、粉を入れてやる。子供たちはお湯が沸くのを楽しみに待っている。
私はキッチンでお湯が沸くのを待ちながら、リビングから聞こえる子ども達の会話に、自然と耳を傾けていた。
「この前ね、夜にね、お父さんと帰ってくる途中で、たぬきの本物を見たよ。美味しそうだったよ」
その声は我が家の長男だった。
「そうなの? どんなだった?」
従弟の子どもが長男に問いかけた。
「まんまるだった。お肉いっぱいありそうだったよ。でも、僕はこっちの方が美味しいと思うな」
背後で行われる二人の子どもの会話に、最初は「どういうお話?」と首を傾げた。
子どもたちの会話は続いていく。
「そうなの? 僕も赤いほうにすればよかったかな……」
従弟の子どもが残念そうな声色を出した。
「たぬきも少し食べたことあるけど、お肉っぽく無かったよ? ぱさぱさする」
「そうなんだ。……ねえ――」
聞き取りにくかったが、どうやら従弟の子が長男に、赤いきつねと緑のたぬきの交換を迫ったようだ。
「えー。やだよー。僕、赤いほう食べたいもん。赤いほうが美味しいもん」
長男は嫌がっているようだった。
そんなやり取りをする二人の会話に、我が家の末の娘が混ざっていった。
「きつねさんは、細くて、シュッてしてた。尻尾が、こーんな、長い。ふわふわなんだよ」
娘は身振り手振りで、狐の可愛さを伝えようとしているようだった。
「あんなに細いのにね。食べられるところ無さそうなのに、お肉はきつねの方が美味しい」
長男は妹の「きつねさん可愛い」アピールを無下に、自信ありげにきつね肉の美味しさを語りだす。代わりに従弟の子は、何とかして赤いきつねを貰おうと、「半分こしよ?」などと長男に頼み込んでいた。
私は子ども達の会話が致命的に間違っている事に気が付き、声を押し殺して笑いを堪えた。そして、湯が沸くと、薬缶を片手に、万を期して子ども達の前へと現れる。
熱々のお湯をそれぞれのカップ麺に注ぎ、蓋をして、その上にお皿などの重しを置く。そして子ども達が時計の針をじー、と見つめている最中、私は長男に向けて言い放った。
「あんた。赤いきつねの油揚げは、きつねのお肉じゃないからね」
長男は私の方を見て――。
その時の我が子の表情を、私はきっと一生忘れないだろう。
長男の顔には、驚愕の表情が浮かび、まさに「なん……だと!?」と顔全体で表現しているようであった。
「おばさん! じゃあこの緑のほうは、狸のお肉じゃないの?」
「違うよー。そんな形のお肉があるわけないじゃない」
私が従弟の子に向けてそう言うと、彼は「やっぱりお肉じゃなかった……」と小さく呟く。
未だに「信じられない」という顔のまま、長男が口を開いた。
「……ハンバーグみたいに、お肉から出来てると思ってた」
私は、そうきたか、と思った。しかし、見た目からしてお肉ではないと、分かりそうなもの。赤いきつねの油揚げがお肉と間違えそうになるのは、なんとなく理解が出来るが……。
「そんなわけないじゃない。食べたらお肉じゃないって分かるでしょう?」
「……だって、きつねとたぬきって書いてあるもん。こういうお肉もあるんだなって思ったもん」
今まで彼の中にあった何かが崩れていったようで、呆然とした表情の長男。
我が子のそんな顔を見て、本当に子供って面白い事を考えてるなぁ、と私は感動を覚えた。
そんな遠い昔のお正月の話――
―
――
―――
「――なんてことが、小さい時にあったけど、あんた、覚えてる?」
正月に帰省した俺は、除夜の鐘が厳かに響く深夜、赤いきつねを食べながら母から問われ驚いた。まさかそんな奇天烈な発想をする奴がいるなんて。一体誰なんだろうか、と。
幼き勘違い君の発想力の高さには感服したが、流石にそれはちょっとないわー、と思う。
赤いきつねについては、まだ理解ができる。油揚げがお肉に見えるのは頷けるからだ。だが緑のたぬきはダメだ。アレをお肉と勘違いするのはおかしい。食感が明らかにお肉のそれとは違う。
きっと、勘違い君は年齢の割におつむが足りていなかったのではなかろうか。
「それいつの話?」
「十数年前。あんたが小さい時や」
十数年前か。となると、今なら俺と同い年くらいだな。ってことは、その勘違い君は年の近い従弟の〇〇〇しかいない。
だから俺は母に笑いながら答えた。
赤いきつねの油揚げを食べながら。
「〇〇〇も小さい時はそんな馬鹿やったんやなー。これの何処をお肉と間違」
「あんたのことやて!? 馬鹿はあんたや!」
母からは即座に、食い気味に答えが返ってきた。
「俺のことかよ!?」
俺はまさかの指摘に驚愕の表情を浮かべた。
母曰く、その時の俺の表情は、「油揚げはきつねのお肉ではない」と言われた時の表情と、瓜二つだったそうだ。
そのような記憶は全く無いが、きっと幼き頃の俺は純真だったのだろう。決しておつむが弱かったわけではないと思いたい。
豚骨ラーメンには豚が入っているし、醤油ラーメンには醤油が入っている。だから赤いきつねには、きつねが入っていると思ったのだろう。
とてもピュアな心を持ったいい子どもじゃないか。きっと親の育て方が良かったのだろう、と母をヨイショしておいた。
「あんたは昔から単純やったでね」
「……」
俺は何も言い返せず、赤いきつねの油揚げをションボリと見つめた。
お正月の赤いきつね あるあお @turuyatan
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