9.『死神』

 俺はミノタウロスに殺された

 ーーはずだった。


「……え?」


 俺は何故か生きている。どこも真っ二つにされていないし、五体満足だ。

 たしかにミノタウロスは斧を下ろしたはずだが、どこも傷がない。むしろ、先程の木に叩きつけられたときの痛みがない。完治している。

 異変の原因はすぐ目の前にあった。


「師匠、それは……?」


 目の前には多大な魔力量を放った師匠が立っていた。


「はぁ、本当はこれ使いたくなかったんだけどな。あまりにお前が死にそうだったもんでこのモード出してしまったじゃないか」


 師匠の紅い髪が光を放ち、余裕の笑みで仁王立ちしている。周りの木々も騒がしくなった。


「あの、師匠そのモードとは?」


「ああ、これか? この『死神モード』はな、私の中の全魔力と大気中の魔力を吸収して、常時の数倍の戦闘が行える、いわゆるチートのようなものだ」


 師匠が軽く説明する。


(初めて見た。これが、国王やライドの言っていた本当の死神の姿……。これが、魔王軍幹部を追い詰めた力……)


 もはや、感心を通り越して、感服してしまっている。

 この大きな超えられない壁が。跨いでいいものではない力量が。圧倒的な経験値の差が。

 すべてがこの人に劣っていると身が感じてしまっている。

 この師匠は今はミナス・ガードナーでもなく、俺の師匠でもない。今は本物の死神なのだと。


「まぁ、これを使う最中は無詠唱では魔法が放てないのと、一ヶ月は魔法が使えなくなるという制約付きの困ったものだがな」


 そんな大技を今ここで使っていいのかわからない。俺にはわからないことだらけだ。今も少し混乱している。

 しかし、この気持ちは伝わってくる。


「でも、こんなの人の命に比べれば安いものだ。……さて、私の弟子を散々、痛ぶってくれたな。私の全身全霊、死神のそのめいを持って、貴様を打ちのめしてくれる」


 この人の周りを想う気持ちは偉大なんだってことは。俺の尊敬に値する人物なんだってのは。


「ユウヤ、ちょっと今の私カッコ良くないか?」


「そんな軽口叩いてる暇あるなら、ちゃっちゃとやっちゃってください。必要なら、加勢しますので」


 前言撤回。確かにこの人の周りを想う気持ちは本物だが、尊敬とまではいかないかもしれない。


「むぅ、ならば、戦闘のみでもカッコ良さをアピールしてやる」


 師匠は頬を膨らまして、不満足アピールをする。子どものような一面もあるのだな。


(そんな頬を膨らます美人キャラのギャップとかズルいからやめて! 萌えるから!)


 この『死神モード』だと精神的に若返る効果でもあるのだろうか。心なしか、肌も若返ってる気もする。


「『インフェルノ』! 『トライデント』!」


 爆炎と水の槍がミノタウロスを襲う。

 さすがのミノタウロスも先程の氷柱のようにはいかず、斧を振るうが物質ではないため、防ぎようがない。


「ユウヤ、これが上級魔法だ。しっかり覚えておけ」


 ここでも指導は忘れない。師としての意識はあるようだ。

 しかし、これほどまでの強さとは思わなかった。死神がミノタウロスを圧倒している。先程まで、俺が敵わなかった敵に優位に戦っているのだ。


「なぁ、ユウヤ。お前も勇者なら、最後の一撃くらいやってみたいだろ? 『コピー』」


「? 今、なんの魔法をかけたんですか?」


「『コピー』。自分、もしくは相手の魔法を誰かに一時的にコピーする無属性魔法だ。今お前には『インフェルノ』の魔法をかけた。さっき私が放った魔法だ」


 イメージはできる。爆炎がイメージに近い。イメージさえできれば魔法は使える。

 あとは食らわせるための足止めだ。


「師匠は続き魔法を放ってください。メリナは氷でアイツの足を固めることできるか?」


 今までポカンとしていたメリナに話しかける。師匠の圧倒的な力量に驚きが隠せないようだ。


「メリナ、師匠がスーパーサイヤ人になるのは俺も驚いてるけど、今はミノタウロスを倒すぞ!」


「あ、うん。ごめん」


 メリナはやっと、我に帰り、魔法を撃つ姿勢をとってくれた。


「よし! 本気出すね。そうだなぁ、これはどう!」


 メリナの周りに最初と同じ氷柱が生成されていった。


「いけ!」


 メリナが指示を出すと、氷柱はミノタウロス目掛け、飛んでいった。

 しかし、同じように斧で破壊されてしまった。破壊された氷柱の破片はミノタウロスの足下に散った。

 攻撃をしろとは言ってないのだが。


「まだ終わらないよ」


 メリナがそう言うと破壊された氷柱の破片はミノタウロスの足を凍らせた。

 ミノタウロスは砕こうと試みるが足から氷は離れない。むしろ、下半身をみるみると凍らせていく。氷像を作るかのようだ。


「これで身動きはとれないでしょ。やっちゃって、ユウヤさん!」


「任された! 師匠はギリギリまで弱らせてください!」


「誰にものを言っている! 私がやるのだ! 期待以上の成果を出してやるとも!」


 師匠は魔法を間髪入れずに撃ち続ける。ミノタウロスは身動きを取れず、ただ防御するのみだ。

 俺は詠唱を行う。魔法は自分が覚えた瞬間に自然と詠唱のもんは頭の中に入ってくる。あとはそれを唱えるだけだ。一言一句間違えずに唱える。

 手の先には熱い灼熱の炎が生成されていく。これを暴走させないよう、慎重に凝縮させる。炎がチラつき、手が焼けるようだ。炎を制御し、残存魔力を一気に込める。


「『インフェルノ』!」


 放たれた灼熱の炎がミノタウロスを襲う。斧を足元に落とし、息悶え、炎を振り払おうとする。しかし、ミノタウロスの身体は炎に包まれ、みるみるとその巨体を黒炭へと変えていく。野太い叫びも黒炭に変わる身体と共に小さくなっていった。


「終わった、のか?」


 状況の確認をする。手足もどこも欠けてる部位はなく、五体満足。師匠もメリナも無事(?)である。少なくとも魔力の消耗は激しかっただろうが。

 それにしても、よく生きていたものだ。三人、しかも一人は幹部と渡り合う強さを持っているとはいえ、少しばかり危ない場面もあった。それでも生きている。これほどまでに生を実感したことは今までにはないだろう。

 師匠は少し呆れ顔ででも、少し嬉しそうに口を開く。


「ああ、もちろん終わったとも」


「師匠もメリナも無事みたいで良かったです」


「お前のおかげだよ。私もメリナちゃんも生きていたのは、お前が頑張ったからだ。ありがとうな」


 なんだかこそばゆい。師匠から礼を言われるなんて思いにもよらなかった。


「礼だなんて、性に合わないことしない方がいいですよ?」


「私だって、礼の一つや二つくらい言うからな? そこまで礼儀知らずじゃない」


「いや、そうじゃなくて、いつもは助けてる側なのに助けられる側だなんて師匠の人生であんまりなさそうだなぁって」


 実際、このほんの数週間、師匠は誰かに助けてもらうなんてことは一切なかった。むしろ、一人で切り抜けていた。


「私とて、完璧までではない。それに誰しも完璧になんて到達してないんだ。完璧なんてその人の努力を妨げる言葉でしかないんだからな」


 師匠の言葉は俺の心にグッと刺さった。強さに限界なんてないんだ。これ以上をまだ求められる。この戦いで痛感した。己の弱さを。これが限界かと思ったが、まだまだ強くなれる。それを知っただけでも嬉しかった。


「素晴らしい名言をありがとうございます。俺もこれからも日々精進します」


「おう、そうしろ!」


 師匠は魔力が枯渇しているはずなのに、それを察されないように振る舞っている。そろそろ休ませた方がいいかもしれない。


「で、メリナはどうする? 暗くなってきて危ないし、帰った方がいいだろ?」


「うん、帰るつもり。ユウヤさんたちはどうするんですか?」


「俺は師匠おぶって帰ろうかなって。魔力もないし、『ゲート』が使えないからな」


 師匠はもとい、俺も魔力が切れた。『インフェルノ』は多少、師匠の魔力を借りて放ったが、俺の魔力もかなりの量を吸われた。立っているので限界だ。


「そうですか。帰り道も危険なので魔力が有り余ってる私がお二人をお守りします」


「おう、サンキュ」


 さて、これでもう帰れ……る。ああ、……クソっ。ここでかよ。もう少しだけもってほしかったな。


 俺はその場に倒れ込む。魔力切れもあるが、木に叩きつけられた時に骨もいかれたのだ。その疲労が今、来た。


「っ! ユウヤさん!」


「……ああ、悪いなメリナ。ちょっと……寝るわ」


 ここで意識は途切れた。

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