7.『トレントの森』
武器を買い、トレントの森へやってきた。武器は鉄製の安い剣にした。後々、この魔法訓練期間が終わったら国王がちゃんとした武器を用意してくれるらしい。
「トレントと普通の植物ってどう見分ければいいんですかね?」
「お前はアホなのか? 『サーチ』の魔法を持っていることすら忘れたのか?」
師匠がため息をこぼし、重々しく答えを告げる。
「そうだった。『サーチ』があるのか」
『サーチ』。
自身の魔力を微細にし、広範囲に広げ、周りを探る魔法だ。
周りの魔力を持つ者のみが反応し、モンスターの場合は禍々しい魔力を放っている。
できるだけ魔力を微細にしなければ、相手に気づかれる危険性もある。
その者の魔力の器用さを測るのにも使われる。
「『サーチ』」
「魔力をできるだけ細かく、微細にしろ。それでもって広範囲に」
言われた通りにやってみる。
まだ慣れないため、大小はっきりしない魔力の塊を広げてしまう。
そのため、範囲が狭くなってしまう。できるだけ微細にしなければ魔力消費も大きく、いざというときに動けなくなってしまう。
『最初のうちはこんなものだ』と師匠は言うが、周りができて、自分ができないというのは悔しいものだ。
全意識を『サーチ』に移す。
すると、前方に禍々しい魔力を放った二体のトレントを確認した。
「……見つけた」
「前の方に二体か。よし、お前の剣術の腕も見てやる。倒してこい」
師匠は傍観者に徹するようだ。俺もその方がありがたい。自分の力を試す絶好の機会だ。
この機会を逃すわけにはいかない。
「……っ!」
勢いよく地面を蹴り、速度を加速する。腰に据えた鉄剣を鞘から抜く。
抜いた鉄剣には『ギフト』で火の効果を付与している。トレントは植物だ。ならば、火が効果的になるはずだ。
トレントが見えた。三メートルほどのトレントにしては小ぶりの二体が出てきた。
トレントは俺に気付くと、その枝のような手で撃退しようと振り上げる。しかし、トレントの腕を鉄剣で斬り捨て、その細い首に鉄剣を振りかざし斬り落とす。
もう一体もやられたトレントに加勢しようとするが俺はすぐに鉄剣をトレントに向ける。
トレントは鉄剣に付与された火に近づけず、オロついている。やはり、火は弱点だったようだ。
「これで、終わりだ!」
鉄剣を振りかざす。トレントは左肩から右脇腹までをさっくりいかれ、そこから火が燃え移り、灰となっていった。
「初めてにしてはやるじゃないか。見直したぞ」
影から見ていた師匠が表に出てきた。
「今のはどうでした?」
「『ギフト』を使った鉄剣への付与はいいアイデアだ。しかし、剣の技術方面の方はまだまだだな」
師匠の観察眼による厳しい判定はまだ甘くはない。しかし、自分でもわかる。『ギフト』を使うのはまだ自分でも称賛できる。
だが、剣の技術はまだ未熟だ。
ましてや、今日初めて剣を握ったのだからそう判定されるのは目に見えていた。
結果、俺はまだまだ浅いということだ。
「だが、私が思ったよりもお前は動けていた。それは褒めてもいい」
「……」
そのときの師匠の顔が忘れられてなかった。
二週間の間にこんな顔の師匠のは見たことがなかったからだ。
子どものように無邪気に笑い、俺の初のモンスター討伐を心からよく思ってくれているこの笑顔にウソが微塵も感じなかった。
元々、美人なその容姿に多少の男勝りなその性格のギャップに子どものような笑顔のその顔が心に刺さった。
「ん? どうした、ユウヤ」
「いえ、なんでもないです」
でも、この感情はそっち方面ではないだろう。師匠が尊敬に値しているからこその感情なのだろう。
第一に俺は好きになってしまった子がいる。その子に玉砕したら、付き添いな感じで一杯交えよう。
※ ※ ※
ずいぶんと森の深くまで来た。
あれから三時間ほどトレント系のモンスターを狩っていた。魔法も剣の腕も最初と比べればよくなったが、魔力切れでもう倒れそうだ。
魔力が切れると、指も動かないほどの疲れを感じ、その日は魔法を使えなくなる。
眠ると回復するそうだが、そもそも魔力切れになるのはそうそうないらしく、大抵は魔力が切れる前に事を片付けるのが一般だそうだ。
しかし、俺は『サーチ』の扱いに慣れておらず、均一感のない魔力を広範囲に広げていたため、魔力が底を尽きかけている。なので、今日は使えるとしてもあと下級魔法四回が限度だ。
それに日がもう沈みそうになっている。そろそろ帰った方がいいかもしれない。
「師匠、もう日が沈んで暗くなってきましたよ。夜の森は危険じゃないですか?」
「そうだな。そのくらいにして今日は帰るか」
そのときだった。
近くの茂みから木々の揺れる音がする。またトレントかと思ったが敵を感知する『サーチ』からは外れている。モンスターでもなければ、敵意もないようだ。
しかし、何が起こるかわからない森だ。気を緩めない。
次の瞬間、茂みから音の正体が現れた。
右手に鉄剣を握りしめる。
だが、その心配はいらなかったようだ。
「よし! 今日はこのくらいでいいかな! ……あれ、ユウヤさん? お久しぶりです。……その人は誰ですか?」
そこにいたのは俺が異世界に来て初めて助けた女の子、メリナだった。
「おお、久しぶり。なんでここにいるんだ?」
「私はお店で売る薬草が切れたから採取しに来ただけだけど、それよりも、その人誰?」
だいぶ、急ぎぎみで聞いてくる。
そんなに師匠のことが気になるのだろうか。
「この人は俺の師匠のミナス・ガードナーさん。で、師匠。この子は俺が王都に来て初めて助けた女の子のメリナです」
「ミナス・ガードナーだ。よろしく頼む」
師匠が自身の胸に手を当て、自己紹介をする。
「メリナです。魔道具店『アロリナ』というところで友達と経営しています」
お互いに自己紹介を一通り終わらせて、本題に入る。
「なあ、ここは女の子一人で来れるような場所ではないがメリナちゃんはどうしてこんな森の奥へ?」
「さっきも言った通り、薬草の採取をしにやってきました。確かにここはトレントたちがたくさん住んでいますが、私もそれなりに魔法が使えるのでご心配なく。それより、ユウヤさんとはどのようなご関係で?」
お互いが質問を繰り返し行う。
「私とユウヤはただの師弟関係だ。コイツの指導をしてやってる」
「……そうですか。ウソはついてなさそうですね」
メリナが師匠の表情を伺って安心を得たようだ。
だが、俺にはわからない師匠は何もメリナに敵意を向けていないが、メリナからは『サーチ』を使わなくてもわかるほど師匠への敵意が漏れている。
「あの、私何かしたかな? 何か不快に思うようなことしたのなら謝るよ」
師匠が謝罪の意思を向ける。
それに応えるようにメリナは敵意を緩める。
「別に不快って思うほどひどいことしてないですよ。ミナスさんが私よりも美人だから引けを取っただけです」
(いや、メリナも充分可愛いと思うけどな)
少しばかり自身を過小評価しているメリナに心中でフォローを入れる。
「美人と言われるとさすがの私も照れる」
師匠が手を口に当て、目を逸らす。
意外と褒められるのには弱いようだ。
「それにしても、だ。いくら魔法が使えるからと言っても女の子一人でこの森はキツいだろう。最近は魔王軍幹部が近くの関所を占拠しているから関所に近いこの森にはボス級のモンスターが現れることがあるんだぞ?」
「……っ! 最近、魔具の素材が手に入らないのはあの人のせいか……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も!」
メリナには何か気になるものがあるように見えたが気のせいかな。
「とにかく、私たちももう帰るからついでに連れて行ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます……」
さすがにこんな暗い森の中を女の子一人で帰らせるわけにはいかない。それは師匠もわかっていたようだ。
「んじゃ、さっさと帰ろうか。俺、腹が空いてきたよ。なんなら、メリナも来るか? 王城」
「お、王城!? ユウヤさんとミナスさん、そんなところに住んでいるんですか!?」
口が滑ってしまった。
勇者だからいずれ、大々的にセレモニーが行われるだろうが、まだ国民には内緒にしておいた方が良かったな。
「ユウヤ、お前ホントにアホだな」
「すいません」
何も言えない。何も弁解できない。
本当にやってしまった。
「えーと、いつかは発表とかされて国中に知らされるだろうけど、いいか。……俺は異世界から召喚された勇者なんだ。だからこうして、指導も行われているし、王城にも住んでる。……驚いた?」
むしろ、驚かないのだろうか。
すべての事実を、多少は省いたが明かした。ライドはすぐに信じたが、メリナはどんな反応をするのだろう。
「ユウヤさんが、……異世界の勇者?」
「まぁ、具体的には神に召喚されて勇者になったばかりの新米だけどな」
メリナは目を大きく見開き、口も開いたまま、ぽかんとした様子で俺を見ている。
「あの、ユウヤさ……」
「ブオオオオオオ!!」
突然、メリナの声を遮って、化け物そのものの声というより遠吠えのような音が鼓膜に直接攻撃をしてきた。
「何、……これっ!?」
「わからない! わからないが、とんでもないモンスターがいることはわかる! おそらく、ボス級のモンスターだ!」
「ボ、ボス級!?」
ボスモンスターがこんな森にいていいものなのだろうか。だが、今はそんなことはどうでもいい。
一刻も早くこの場から逃げなければ危険だ。
「師匠、メリナ! 早く逃げましょう!」
そのときだ。木々を掻き分けてその音の正体が出てきた。
メリナと同じような登場の仕方だが、メリナとは打って変わり、全長五メートルほどの巨体に角を生やした筋骨隆々の体。手には大きな斧を握っているという、誰が見てもそれが何かわかる特徴が揃っている。
これは、
「ミ、ミノタウロスだー!!」
ミノタウロスは鼻息で鼻輪を揺らしながら、ユウヤたちに近付いてきた。
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