6.『魔法訓練の成果』

 俺が師匠の魔法訓練に参加してニ週間が経ち、師匠の厳しさが身に沁みてよくわかってきた。

 まず、最初にライドが体験したように無人島にナイフ一本持たされて置いてかれた。

 この城に帰ってこれたのが訓練を始めて、五日後の夕方だった。

 それから毎朝、ふわふわ卵サンドを買うために早く起きなければならない。

 しかも、二十個限定なので、買えない場合もある。

 買えなかった場合、その日の指導が一段と厳しくなる。朝飯と昼飯が豆一粒しか食べさせてもらえなくなるため、体が指導に付いて来なくなる。

 付いて来れない場合=『死』のこの訓練、生きて帰れる気がしないのだ。


 俺、勇者だよな? 普通、物語では勇者は最初に特別な力を持って、周りからチヤホヤされるっていうのが主流だよな? 城の部屋はいい。でも、師匠が怖い。勇者って勇気のある者と書いて勇者だぞ。その勇者が怯えているってなんだよ。ふざけんな。


 そんなふうに愚痴っていることが日刊になってきた。

 しかし、段々と体が付いて来るようになった。今まではただダルく感じていた脚、肺、心臓の血液循環が軽やかになってきたように感じていた。

 その成果か、厳しい指導にも耐えられるようになった。

 そして、初めて魔法を使ってみることになった。


「おい、ユウヤ。先日出した課題はやってきたか?」


「はい、一応やってはきましたけど、上手くいってるかは……」


「とりあえずやってみせてみろ」


 そう急かすように言われ、俺は何も無い虚空に手を突き出し、詠唱を始めた。

 辺りは風で木々が揺れる音しかしない。

 周りの環境を感じ取り、詠唱を終えると、魔法名を発する。


「『ゲート』!!」


 そう唱えると、虚空に紫色のオーラを帯びた扉が現れた。

 俺はこの二週間の間、ただ師匠のパシリをしていたわけではない。

 どうやら、ずっと同じ場所を行き来することでその距離感をつかめるようになるらしいのだが最初はあまりわからなかった。

 だが、続けていくうちに城と商店街の距離が分かるようになっていき、その距離をイメージすることでこの『ゲート』という魔法が使えるようになった。

 『ゲート』は一度行ったことのある場所にしか使うことのできない魔法なのだが、一度行くことで後に労力の短縮にも繋がる。

 このパシリにはただの嫌がらせが入っているんじゃないかと当初は疑ったがこれも訓練の一環であったのだ。


「よし、形も大きさも申し分ないな。合格だ」


「よっしゃー!!」


 この二週間で初めて師匠に褒められた。褒められることに悪い気はしない。


「これでお前も魔法が扱えるようになったな。一度、魔法を使うと身体が魔力の循環の法を覚えてより扱いやすくなるからな。このまま続けていけ」


「はい!」


 これからも魔法を覚えていこう、そう思えるようになった。


「しかしな、もっと魔法が上達すると無詠唱で魔法が使えるようになる。お前も何度か見て来なかったか?」


 そう言われて、最近見たものを思い出す。

 俺が最初、スライムに襲われていた時、ライドは火球を撃ってきた。

 しかしその時、詠唱は行っていなかった。

 サリバンやエルダも詠唱を行わず、目の前で撃ち合っていた。


「確かにありました。俺もあんなふうにできるんですかね?」


「もちろんだ。その辺のモンスターならまだしも、これからお前が戦うのは魔王の幹部だぞ。相手に技を悟られないようにするにはまずは技名を叫ばないことだ」


 当たり前のことではあるが師匠の言うことは一理ある。

 大抵の、魔法を使える者たちは詠唱無しでは魔法は使えない者が多い。その点、城内の人間はみんな、特にサリバンとエルダは無詠唱で互いの魔力が尽きる寸前まで撃ち合っているのを目の当たりにした。


「後は何の魔法を練習してきたんだ?」


「『ゲート』以外だと、武器に効果を付与する『ギフト』と敵意を向いてくる魔力の探知の『サーチ』ですね」


「ふむ、最初はそのくらいが妥当か……」


 何かを言いたげにしている様子だが、死神の考えはわからない。


「では次はトレントの森で軽く魔物狩りでもするか」


「トレントの森って?」


 トレント。

 樹木を守る役割を持つ、木の姿をしており、見分けのつかない初心者には少し厳しいモンスターだ。

 しかし同じ種族であっても、個々はさまざまな種類の樹木を思い起こさせるような姿をしている。森を巡りながら外敵が森に入るのを防いだりする。堅固な岩でもたやすく砕く力を持っており、弓矢もデバフ効果も効かない。ダメージを与えるには剣や斧などの刃の付いている重量のある武器を使うか、火を放つぐらいしか方法が無く、倒すのは容易でない。


「その名の通り、トレント、植物系のモンスターが多く潜んでいる森だ。最初の相手には丁度いいじゃないか」


 師匠が腰に手を当て、笑みを浮かべる。


「いや、俺、武器も買う金も無いんですけど?」


「ならまず、武具屋に行くか。金なら私がだしてやる」


「いいんですか? ありがとうございます」


 久しぶりというか、珍しく師匠の優しい一面を見た気がしてならない。

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