番外編 守りたい存在 ※ギルバート視点

「ギル、ちょっと一緒に来い」


兄のザックことアイザックに突然呼びつけられ、俺は皇宮に連れて行かれた。

辿り着いた先は従兄弟で皇太子であるアーサーの私室だった。


「何だよ、アーサーに会いに来るのに俺まで連れて来るのは珍しいじゃないか」

「まぁ、ちょっとあってな。話はアーサーに会ってからだ」


俺の言葉にザックが答え、俺達は侍女に案内されアーサーの部屋へと足を踏み入れた。


アーサーは入ってすぐのソファに掛けていた。

「やぁ、ザック、ギル。待ってたよ。どんな面白い話を持って来てくれたの?」

どうやら、簡単な説明はしてアポイントは取ってあったらしい。

直ぐに侍女がお茶の準備をして退出していく。


アーサーが手で指し示すまま、俺達はアーサーの向かいに腰掛ける。

「突然悪いな、アーサー。ちょっと厄介だが面白い話を持ち掛けられてな」

「いいよ。ザックからの話はなかなか面白いものが多いからね」


ザックが形ばかり謝罪をするが、アーサーは寧ろ楽しみにしていたように笑って返す。

口を挟んでも話が滞るだけだろうから、俺は黙って二人を見守る。


「実は、アダスティア王国で契約している商家の娘に逃亡の手助けをして欲しいと頼まれた」

俺と兄であるアイザックは皇族の一員ではあるが、皇位に興味は無く、余計な問題を避ける為にも普通に職に就いている。

ザックは昔から海が好きで、色んな国に行けるからと商船の船長をしている。


「逃亡?」

ザックの言葉の中で当然俺も気になった言葉に、アーサーが反応する。

商家の娘が一体何から逃亡する必要があるのか。

アーサーの問いにザックが一つ頷き返す。


「アダスティア王国では一夫多妻制のみで、女性に拒否権が無い件についてはセオドリックとも何度も話合ったよな」

改めての確認といった感じで紡がれるザックの言葉に、俺とアーサーは頷いて見せる。

これについては、もう何年もアダスティア王国の王太子、セオドリックと俺達四人で話し合っている。


「その、商家の娘、セレスティア・マディライトは、望まぬ婚約をさせられ、その相手と婚姻…というか関係を結ぶくらいなら死んだ方がマシだと。だから、独りで生きていける歳になった今、アダスティア王国から逃げ出したいと、に相談してきた」


俺達の顔を順に見やってからザックは続ける。

「相手は伯爵家嫡男だが、都中に知れ渡る程素行が悪い」

説明するザックの顔が嫌そうに歪む。

「このままいれば、間違いなく近い内に薬を盛ってでも手籠にされると言っている。しかも、釣った魚に餌はやらない主義らしく、一度関係を持てば、恐らく軟禁されて性奴隷扱いが関の山だろうと」


「なるほどね。それで逃亡…か」

アーサーも嫌そうな表情を浮かべて顎に手を当てる。

「だが、だからと言って逃亡とは大したものだな。普通なら諦めるところだろ」

女性に拒否権は無く、人格など無視されても当たり前。

アダスティア王国はもう随分と永い間女性に優しくない国だった。

そこで育った者達は大概がソレを受け入れてしまっている。

大切にされなくて当たり前。

頑張って逃げ出したとして、行き先はあの世が関の山か。


「まぁ、そうだな。珍しく気概のある嬢ちゃんではある」

俺の言葉に、思い出しているのか、ザックが楽しそうに応える。

「何しろ商家の娘だからな、他の国の事情にも明るい。世を儚むよりは何処か別の国へ渡って独り立ちする道を選びたいらしい」

ニヤリと笑みを浮かべるザックを見て、俺もその娘、セレスティアに想いを馳せる。

果たしてどんな娘なのか。


俺の知る女は、如何に条件の良い男に娶ってもらうか、それしか考えていないような女が殆どだ。

全く興味のない皇位の継承権があるからと寄って来る女共。

アーサーという立派な皇太子がいるのに。

皇太子になれなくても、騎士隊長を務める公爵家次男という肩書きも、女には好みのものらしい。

だが、セレスティアという娘は独り立ちする道を望むという。

禄でもない婚約者に囚われていたから、結婚に希望を持てないのか。

商家の娘とはいえ、随分と逞しいことだ。


「それで、この機会を利用するんだね?」

黙って話を聞いていたアーサーがザックに確かめるように問いかける。

その言葉にザックは「ああ」と短く答えながら大きく頷いた。


「セオドリックがずっと望んでいた変革を成す好機だ。手伝ってくれるよな?」

ザックの問いかけに、アーサーも俺も静かに頷き応じた。






ザックに言われた通りミッターマイヤー家で待っていれば、ザックに連れられて現れたのは、プラチナブロンドの美少女だった。

15歳の割に身体も大きく、見た目も、恐らく中身に影響されてか大人びて見える。

ミッターマイヤー夫妻と話しているのを聞いていれば、本当にザックが言っていたように、独り立ちするつもりで何もかもを捨ててきたらしい。家族さえも。

それを聞いて、俺は思わず要らぬ口出しをしてしまった。


「何も言わず、何もせず、逃げてくるんじゃなくて、家族にくらいちゃんと自分の気持ちを伝えてからの方が良かったんじゃないのか?」

「………」


俺の言葉にセレスティアは黙り込む。

気分を悪くしただろうかと顔色を窺えば、少し切なそうな表情を浮かべ俯いてしまった。

逞しいとは思っていても、やはりまだ15歳。

辛い思いをしているのに追い打ちを掛けてしまったかと後悔の念が湧いた。


皇族として騎士として監視するという表向きの理由の元に、騎士団の休みに合わせて店を訪れティアと色々話してみると、気が強く向こうみずなところがあるが、譲れないものがあって、芯がある人物のようで好感がもてる。


俺の身分も職業も隠しているから、俺に全く興味を示さないのは当然なんだろうが、こいつは一体どんな人間になら惹かれるのだろうと興味が湧いて、俺は会う度にティアを揶揄って反応を見るようになった。


会うたびに甘い菓子を差し入れてみたり、好みの男のタイプを訊いてみたり。

時に体を寄せてみたり、口説き文句を言ってみたりとするが、一向に俺に興味を持ってくれる様子はない。

まあ、そもそも、俺は今までに女を口説いたことなどないから、どう対応したら良いのか全く分からないんだが。


最初はただ純粋に興味を持っただけだったのに、いつの間にこんなに心惹かれるようになったのか…。


もうすぐ計画を始動しなくてはいけない。そんな時に俺は抑えきれなくなって、思わず本気でティアに問いかけてしまった。


「なあ、ティア。お前、俺の婚約者にならないか?」


反応は分かってはいたが、どうすればティアは俺に興味を持ってくれるのか…。

ザックもアーサーもセオも、素直に気持ちを伝えろと言うが、気持ちを伝えるなら、本当の身分や職業も伝えてからにするべきだろうし、そうなるとティアは俺自身を見てくれるのかという不安がある。


我ながら女々しいとは思うが、結局色々考えると、気持ちを伝えることができないまま、焦りに任せて婚約を結んでしまった。



「俺はティアが好きだ。できるなら、このままティアの気持ちが俺に向くのを待って、いつかティアと結婚したい。考えてくれないか?」


漸く伝えられた気持ちにティアが応えてくれた時には、本当に嬉しかった。

後はアダスティア王国が上手く落ち着いてくれるよう、セオが頑張ってくれれば…。





「それで、あの件はどうなったんだ?」

ティアと俺だけ先に戻ってきてから二週間程して、漸くアーサーが戻ってきたと聞いて、俺はアーサーを訪ねてきた。

会って早々に気になっていたことを切り出す。


「ああ。とりあえず我が国と同じように、女性に拒否権を与えることと、婚姻を結ばすに子を産んだ場合の補助制度を取り入れることになったよ」


アーサーの答えを聞き、俺は一つ頷く。

妥当な選択だ。

拒否権を持つということは、つまり女性にも選択権が与えられるということだ。

女性に拒否権を与えれば、勿論これまでと比べて成婚率が下がる。

だか、成婚率が下がろうが、ようは子ができれば良い。

結婚しなくても子をもうける者がいても困る事がないよう、生活の補助や仕事の斡旋、養子先の確保など、国が手を差し伸べてやれば良い。

性質たちの悪い男に娶られるより、結婚できなくとも望む男の子を成すことができることを望む者も出てくるかもしれない。

そして何より…


「そうか。で、アイツは?」

あの場にはティアがいたから言えなかったことがあるだろうと訊ねてみれば、アーサーは正しく理解してくれたようで、俺の求める答えを教えてくれる。


「勿論、言動の矯正ができない場合は、婚約者は持たず種付け役だけしてもらう事になるよ。まともな人間が育てれば、あんな奴の子でもまともに育ってくれるだろうから」


まぁ、そうだろうな。

あんな奴でも子を成せるなら、種を無駄にする訳にはいかないからな。

事を成していても、子を成せない夫婦もいる。

そういう夫婦に子を育てさせ、国を保っていかねば。

そこら辺はウェルネシア帝国でも同じだ。

犯罪者であっても、その子が必ずしも犯罪者になる訳ではない。

ウェルネシア帝国はアダスティア王国より状況は良いが、安心できる程に回復している訳ではないからな。

犯罪者であっても、種は種。そして畑は畑だ。

養子に出された子の出自は明かされない。

良い教育を受け、国を担うような人物に育ってくれればこんな僥倖はない。


俺はふっと息を吐くとティアの顔を思い浮かべながらアーサーに応えた。

「ティアはウェルネシアに残ると言ってくれたが、いつかティアがアダスティアに帰りたいと考えられる程、あの国も良い国になってくれればいいな」


勿論、今まで辛い思いをしてきた分、俺が幸せにしてやるつもりだが、いつか、ティアの中で、アダスティアが辛い思い出だけの国ではなくなる日が来てくれれば嬉しい。


「話が聞けて良かったよ。邪魔したな」

言って、扉へと足を向ければ、背中にアーサーの声がかかる。

「セレスティア嬢によろしくね」

俺は振り返らず軽く手を上げそれに応えた。

俺が今すぐティアに会いたいと願っていることはアーサーにはバレバレらしい。

勿論、このまま愛しいティアの顔を見に行くけどな。

どうやら口説くのに失敗していた分愛を囁いて、ティアのことを本気で愛していることを伝えていかないと。


俺は、愛しいティアの笑顔を思い浮かべ、足早に皇宮を後にした──。

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【完結】一夫多妻なんて受け入れられない!どうせお前じゃ貰い手がないだろうからなと言われた私は下衆な婚約者を捨てて逃げることにしました 絆結 @kizunayui

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