11.夢見た未来へ
覗き見るように彼を見れば、嬉しそうにしていたその表情を直ぐに何か惑うようなものに変える。
どうしたのだろうかと思って、彼を見上げ小首を傾げると、彼は一瞬躊躇ったものの、直ぐに問いを口にした。
「その…。抱き締めてもいいか…?」
言われた言葉が一瞬理解できず、頭の中で反芻する。
抱き締める…?
意味を理解した瞬間、恐らく私の顔は茹で蛸のように真っ赤になっただろうと分かる。
顔が熱い。
「ちょ…、待って。…恥ずかしい…」
幾ら婚約継続を認めたからって、まだ自分の気持ちも気付いたばかりなのに、ハードルが高いよ。
いきなり抱き締めるんじゃなくて、ちゃんと確認してくれたことは評価するけど、もう少しだけ時間が欲しい。
せめて、今日の今日は勘弁して欲しいよ。
「分かった。…いきなり過ぎたよな。悪い」
「いえ、あの。別に謝らなくても…。その、少しだけ気持ちを整理する時間をくれる?」
彼に謝られるようなことでもないのに、謝らせてしまったことに申し訳なさを感じて、慌てて彼に答えると、彼は少しだけ安堵したような表情を浮かべ頷いてくれた。
「大丈夫。ティアの気持ちが追いつくまで待ってる」
彼がそう言って微笑みを浮かべた瞬間、扉を叩く音が響いた。
返事をすると、セオドリック様がそっと扉を開けて室内を覗くようにしながら入ってくる。
「なんだ、口付けくらいしてるかと思ったのに」
揶揄うように言いながら入ってくるセオドリック様に、アーサー様、エレノーラ様も続き入ってくる。
するか!と言いたいところだけれど、相手は王太子殿下なので、顔を逸らすに留めておく。
「したいところだが、ティアに嫌われたくはないからな」
私の隣で恥ずかしい寝言を宣うのは誰なんだろう…
何か、キャラ変わってないですか、ギルバートさん?
チャラ男だと思ってたのが、何か、溺愛モードに変わってしまったようで、ついていき難い。
「ちゃんと話できたんだな。大丈夫なのかギル?」
アーサー様が心配気にギルに訊ねる。
ギルは「ああ」と短く答え、アーサー様は安堵の息を漏らした。
「まったく…。出逢ってから割とすぐにセレスティア嬢に惚れたって言い出したくせに、本人には伝えてないとかないだろ」
「ほんとそうだよね。とっくに両想いなんだと思ってたのに」
セオドリック様が溜息混じりに言い、アーサー様が相槌を打つ。
えー。出逢って割とすぐって何ですか。
セオドリック様もアーサー様もご存知とか、何故ですか。
何だか居た堪れない気持ちになって、早くこの場から逃げ出してしまいたい。
「あ、そうそう。ルーファスなんだけど」
セオドリック様が、さっきのは言い訳じゃないんだよとでも言いたげに突然ルーファスの話を振ってくる。
「とりあえず、セレスティア嬢との婚約の無効は確定で、残り七人との婚約も無効にさせた。その七人については、王家で責任持って次の婚約者を用意する。ルーファスは今後勝手に婚約を結ぶことは禁止し、お手付きは投獄。セレスティア嬢含む元婚約者への接近禁止。これも破った場合は投獄。これはとりあえず今日の不敬罪への罰…と言うか、下品な言葉で場を汚されたことへの罰かな。こんな感じで陛下と相談してきたんだけど、どうかな?こんなところで許してもらえるだろうか?」
セオドリック様が語るそれは、今日の不敬に対する罰にしては過ぎるもので、寧ろ、私に対する罪滅ぼしとしても十分過ぎる。
「本当はもっと色々締め上げてやりたいんだけど、今のこの国では、あいつのやってたことは別に法は犯してないからな。長年辛い思いをしてきたセレスティア嬢達には申し訳ないけど、今の段階ではこれが限界なんだ」
「勿論解っておりますし、十分過ぎる対応です。心よりお礼申し上げます。ありがとうございます」
言葉を尽くしてくださるセオドリック様に、私も心よりのお礼を伝えると、セオドリック様はほっとしたように息を吐く。
ルーファスの件を伝えていただいて一息ついたところで、今日は解散することになった。
私はルーファスとの婚約の件が完全に解決したから、今後もう関わることもないだろうけど、ウェルネシア帝国とアダスティア王国は手を取り合って、今後、アダスティア王国の女性に対する扱いに関して変えていく協力をしていくらしい。
ギルは皇族ではあるけれど、
「良かったわ。心配してたのよ」
ウェルネシア帝国へ戻ってウォールさん達に報告をすると、イレーネさんが心から安心したと言うように大きく息をついた。
「それじゃぁ、ギルとの婚約はどうするんだい?問題は解決したから解消するのか?」
ウォールさんが当初私が考えていたのと同じことを問いかけてくる。
それを聞いたギルは、私へと視線を寄越し「いいのか?」とでも言いたげに見つめてくる。
帰りの船の中、二日の間に気持ちの整理はつけた。
チャラく見えるけれど、真っ直ぐに向けられる言葉は至極まともなもので、ルーファスみたいに常に犯ることしか考えてないなんてこともない。
犯るための情熱ではなく、ちゃんと私を見てくれている、そんな情熱を向けられるのは初めてで、正直に言って嬉しい。
事情を知って尚、こんな私でも普通に接してくれたギルに心惹かれていたのはいつからだったのか。
結局、私もギルとそう変わらない、出逢って割とすぐから彼のことが好きだったのかもしれない。
認めたからといって、こんな性格だから素直になるには気恥ずかしいけれど、この婚約の継続は私も望んでいる。
だから、私はギルに伝わるように頷いてみせた。
ちゃんと伝わったようで、彼も頷き返してから、ウォールさんへと答えを返す。
「いや。婚約は解消しない。ティア・ミッターマイヤーではなく、セレスティア・マディライトとして婚約は継続して、いずれ結婚したいと思っている」
「まあ!」
「おや!」
彼のハッキリとした言葉に、イレーネさんとウォールさんが嬉しそうな声をあげる。
二人向き合って両手を合わせて喜んでいる。
そんな二人の様子を見ながら、ついこの間まで考えもつかなかった未来へ思いを馳せる。
いつか私もギルとこんなふうに素敵な夫婦になれるだろうか。
そう考えて、ふと気になる疑問が湧き上がってきた。
ウェルネシア帝国では一夫一妻の方が多いくらいだけれど、一夫多妻制も認めている。
ギルは…彼はそのことをどう考えているのだろう。
不安になって彼を見つめる。
私は…一夫多妻制なんて、やっぱり受け入れられない。
たった一人の人を愛し、愛されたい。
ルーファスの言動に問題があったのは勿論だけど、根底にあるのはやはり、その思いが強かった。
じっと見つめる私に気付き、ギルが私に向き直る。
不安に揺れる瞳を、彼の瞳が真っ直ぐに捉える。
「俺達も、ウォールさん達みたいな夫婦になれるといいな。お互いにたった一人を愛し、寄り添い合える、そんな夫婦になれるよう努力するよ」
彼の言葉に、ふらり、ふらりと彼の傍へと引き寄せられるように歩み寄る。
「…どうして分かったの?私が欲しい言葉」
「分かった訳じゃない。俺の望みだ」
彼の前に立ち、見上げた私の両腕を優しく掴み、真っ直ぐに私を見つめる。
世界に二人きりになったみたいに、彼に吸い寄せられる。
『どうせお前じゃ貰い手がないだろうからな』そう言われて、望まぬ婚約をさせられて、要らぬ苦労もしたけれど、下衆で下品な
「あらあら」
「おやおや。私達はお邪魔そうだね」
そんな声が聞こえ、ウォールさん達がそそくさと部屋から出ていく。
「セレスティア。愛してる。生涯、お前だけだと誓う。たった一人の俺の妻になって欲しい」
そっと頬に手をあてられる。
その手に自分の手を重ね、摺り寄せるように頬を当てる。
柔らかな熱が心地よく伝わってくる。
「…私もギルが好きよ。生涯、貴方だけだと誓うわ。諦めなくて良かった。貴方出逢えて良かった──」
この先の未来がどうか幸せでありますように。
甘い空気を孕ませて、私はゆっくりと目を閉じた──。
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