10.衝撃の連続
「ねぇギル。そもそもこれって、実際に婚約する必要ってなかったんじゃないの?」
沈黙が満ちた部屋に私の声だけが響く。
ギルは先程から顔ごと逸らしたままだ。
アーサー様とセオドリック様が、そんなギルを凝視している。
エレノーラ様は困惑したような表情を浮かべて、私とギルを交互に見やっている。
「ギル?」
アーサー様がギルに声をかけると、彼はアーサー様の方へ視線を向けるが、私からは困ったような横顔しか見えない。
「もしかして、セレスティア嬢とちゃんと話してないの?」
アーサー様は困った子を諭すような口調でギルに問いかける。
──ん?
アーサー様の口ぶりだと、理解していないのは私のようにとれるけど、気のせい?
意味が分からなくて、私はアーサー様に視線を向ける。
彼は私の視線を受けて、困ったように視線を彷徨わせ、おずおずと私に応えてくれた。
「…えっと…。この話は、ギルの口からきちんと伝えるべきだと思うから、僕からは言えない。ギル──」
アーサー様の言葉で、改めてギルに視線を向けるけれど、やはり彼は私の方を見ようとしない。
そんな彼に今度はセオドリック様も呼びかける。
「ギル」
名前だけを呼ぶその声にも、アーサー様と同じ意図が感じられる。
その呼びかけに、ギルはふぅっと大きく息を吐いてからキュッと表情を引き締めると、漸く私の方へと向いた。視線や顔どころか、体ごと。
けれど、やはりまた、ガリガリと後ろ首を掻きながら、落ち着きなく視線を彷徨わせる。
「その…まあ…確かに婚約したフリでも良かったんだが…」
異様に歯切れが悪い。
しかも、言いながら段々と彼の顔が赤く染まっていく。
そして漸く覚悟を決めたとでもいうように、真っ直ぐに私へ視線を合わせ一息吸うと、しっかりとした口調で続きを口にした。
「──掴まえておきたかったんだ、ティアのことを。気持ちは後からでもいいから。悪い。ティアの気持ちを無視して…。俺もアイツと変わらないな」
「は───」
疑問形にすらならない声が私の口から漏れる。
掴まえておきたかった?
気持ちは後からでもいい?
つまりそれは───?
ボッと火がつくように、一気に顔に熱が上る。
「えっと…その…つまり…」
今度は私が視線を彷徨わせながらギルに言葉を返すと、何故かアーサー様とエレノーラ様、セオドリック様が静かに席を立つ気配がする。
えっ?と思って、三人の方を見ると、セオドリック様がニコッと笑って手を振る。
「私達はちょっとルーファスの件で陛下と打ち合わせをしに行ってくるから、二人はここでゆっくりしてて。終わったら戻ってくるから」
わざとらしい言い訳を残し、三人はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
二人きりとか、もの凄く気まずいんですけど。
いや、まぁ、いられても気まずいけど。
三人の背中に追い縋るように上げた手を、仕方なく下ろし、視線を彷徨わせる。
ギルの方へ向き直るか思案していると、彼が大きく息を吸う気配がした。
「──セレスティア」
愛称ではなく名を呼ばれる。
その声にドキリとして、ぎこちなく彼の方へと向き直ると、真っ直ぐに私を射抜くような視線とぶつかった。
「ザックから話を聴いた時から、お前に興味があった。実際に逢って、話して、もっとお前のことを知りたくなった。そして、俺のことを知って欲しいと思った。ティアが俺に特別な気持ちがないことは分かっていたけど、どうしてもティアにずっと傍にいて欲しいと思うようになった。だから、誰にも渡したくなくて、卑怯な真似をした。悪かった。お前が望むなら婚約解消する。けど──」
彼は一瞬だけ俯いて、すぐに顔を上げる。
「俺はティアが好きだ。できるなら、このままティアの気持ちが俺に向くのを待って、いつかティアと結婚したい。考えてくれないか?」
突然の直球な告白に頭がついていかない。
顔も頭も発熱しているんじゃないかってくらい熱い。
息のしかたを忘れてクラクラする。
ギルが私を──?
「…ちょっ…待って…。いきなりそんなこと言われても…」
理解が追いつかないよ…。
自分の気持ちだって…。
……私の気持ち──?
浅く息を吸いながら、胸元を掴み、彼に視線を向ける。
真っ直ぐな視線が私を捉えている。
碧い瞳が熱を帯びている。
彼と出逢ってから、こんな瞳で見つめられたことなんて──。
…え。あった。
そういえば、以前にも。
あの時は気にもしなかったけど。
『なあ、ティア。お前、俺の婚約者にならないか?』
嘘。あれ、本気で…?
次々ともたらされる衝撃に心臓がドクドクと音を立てる。
「もちろん、ティアが答えを出せるまで、いつまででも待つ」
真剣な声が私の鼓膜を刺激する。
10歳で有無を言わせずルーファスの婚約者にされてしまったため、今までこんなふうに真剣に想いを告げられたことなんて一度もない。
ギルの態度も最初から揶揄ってるものと決めつけて見ていたから、こんなふうに想われていたなんて思いもしなかった。
どうしよう…。
すごく…嬉しい。
あ…。でも…。
「私、死んだはずの人間で、孤児で養子の平民だけど…」
突然思い出した現実問題。
ギルは皇族で、私は死んだはずの人間で、孤児から養子になった平民の娘。
ウォールさん達が皇族と孤児でも結婚できるとは言っていたけど、彼にとって、こんな人間と結婚なんて何のプラスにもならない。
けれど、ふと出てしまった私の言葉に、彼はぷはっと笑い声を漏らす。
「アダスティア王国の王族も、ウェルネシア帝国の皇族も、お前の存在を認めているのに、何を気にしているんだか。ティアは、ちゃんとセレスティア・マディライトとして生きていっていいんだよ。俺としてはずっとウェルネシア帝国にいて欲しいが、ティアが望めばアダスティア王国へ戻ることだってできる。そこら辺はセオがきちんとしてくれるだろうからな」
彼らしい笑顔で返された言葉は、ふわりと暖かい風のように私の心に届く。
パーティー会場に着いた時にも思ったけれど、やっぱり私は皇族然としている彼より、いつも私に見せてくれていた彼の方が好きだな──。
そう考えて、緩んでいた私の表情が一瞬にして強張る。
好き──。
好き──?
それはどういう…。
ああ。
悔しい。
チャラくて、ふらふらしてて、仕事してるかも分からないような奴って思ってたのに。
「なぁ、ティア。お前これからどうするつもりだ?家族も呼び戻してアダスティア王国に戻るか?」
優しい、真摯な声が問いかける。
今、こうして二人きりでいても、私を気遣ってくれるだけで、決してルーファスのように
最初から本当に私のことを考えてくれていた。
知らない間にすっかり餌付けされてしまっていたみたい。
本当に悔しい──。
私は彼を見上げて、答えを考える。
「私は──」
彼の表情が心なしか少し強張ったように感じる。
それでも、その瞳は真っ直ぐに私を捉えている。
「私はウェルネシア帝国で生きていくわ」
私の言葉に、彼がほっと息を吐く。
ああ悔しい。
この言葉を口にするのも。
彼を喜ばせてしまうだろうことも。
けれど、気付いてしまった想いを無しにはできない。
「──だって、私の婚約者はウェルネシア帝国で生きていくのでしょう?」
私の言葉に彼は驚いた表情を浮かべる。
そして一瞬後には喜色を。
「ティア!俺の婚約者でいてくれるのか?!」
彼の言葉に、私は「仕方ないからね」と憎まれ口を叩いて、赤くなっているだろう顔を小さく俯けた。
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