9.嵐の後には…
パーティーはあの後セオドリック様がフォローしてくださって、何とか無事和やかなパーティーへと戻ることができた。
ルーファスは場を騒がせたことと、王太子殿下への不敬、ウェルネシア帝国皇族への不敬ということで近衛騎士にどこかへ連行されていった。
そして私はと言えば、何故か王族の退場と一緒に客室へ招かれ、セオドリック様とアーサー様、エレノーラ様、ギルと一緒に応接セットのソファに腰かけている。
国王陛下と王妃陛下が一緒でないだけマシではあるけれど、この面子は……。
緊張してカチンコチンになっていると、アーサー様が小さく「ふふふ」と笑い声を漏らす。
「そんなに緊張しなくてもいいのに。僕もセオもギルの婚約者に意地悪なんてしないから」
くだけた様子で楽しそうに語るアーサー様の言葉に、私は更に肩を
「いえ、その、別に意地悪されるなんてことは思ってもいないのですが……」
ボソボソと返すと、隣でギルが笑いを噛み殺し──そこねて、肩を揺らしている。
「ティア、いつもの威勢はどうした?」
半日ぶりに偽名もとい愛称で呼ばれて、少しだけ肩の力を抜いてギルを睨み上げる。
「誰だって緊張するわよ、こんな面子。まあギルは対象外だけど」
厭味のつもりで付け加えた言葉に、何故だかギルは嬉しそうに微笑む。
そんな様子を楽しそうに眺めていたセオドリック様がスッと背筋を伸ばし、私を見つめると徐に口を開いた。
「セレスティア嬢。貴女には改めて謝罪とお礼を言わせてもらいます。今回のこと、貴女には本当に長い年月辛い思いをさせました。これは我が国の、アダスティア王国王族全体の責任です。本当にすみませんでした。そして、この問題をこのような形で明るみに出し、解決への糸口をつかむ切っ掛けを作って下さったことに感謝します」
言って頭を下げようとするセオドリック様に、私は慌てて声をかけた。
「やっ、やめてください!王族の方が下の者に頭を下げるなど!わ、私は大丈夫ですから!」
慌てすぎて、自分で言っておいて、何が大丈夫なんだ?と思わず疑問が湧く。
けれど、とりあえずセオドリック様が頭を上げてくださったので、安心して私は浮きかけた腰を下ろした。
「ありがとう。貴女とギルには本当に感謝しているよ」
改めてお礼を言われて、私は思わずギルを見上げる。
ギルは満足そうな笑みを浮かべているだけで、未だに私に説明をしようという気はないらしい。
「王太子殿下はそのように仰って下さいますが、私は今日のことに関しては何も事情を存じませんので……」
ギルに言ってもきっと誤魔化されて終わりなので、「私困惑してるんです」というふうを装ってセオドリック様に向けて、ギルに対する不満を口にしてみる。
すると、言葉の意味がしっかりと伝わったらしいアーサー様がくくくっと笑いを漏らしギルへと視線を向けられた。
「ギル。ちゃんと説明してあげたら?」
色々の事情を全て知っていて、明らかに楽しんでいるふうなアーサー様は、物腰が柔らかく接しやすく感じるものの、やはり根底では従兄弟であるギルと似ているところがあるのかもしれない。
まあ、私としてはアーサー様からこの言葉を引き出せただけで十分なので、アーサー様がどんな性格でも構わないのだけれど。
流石にアーサー様から言われては無視を決め込む訳にもいかないのか、ギルはちらりと横目で私を見やってから、仕方ないなあとでも言いたげに口を開いた。
「まず、最初のところから話すと、実はティアがウェルネシア帝国へ逃げてくる話をザックに相談した時点で、セオ──セオドリックと、アーサーには話がいっていた」
セオドリック様とアーサー様へ順に視線を巡らせながら言うギルの言葉に、私は驚き無意識に「は?」と言う声を漏らしてしまった。
え?私がザックさんに相談した時点って…。
それもう半年程前の話では?
そんな時点で既にセオドリック様とアーサー様に話がいっていたって…。
何だかここぞとばかりに道具にされた気がしてならないのですが。
私のそんな思いなど、全く知らぬ様子でギルはどんどんと話を進めていく。
「俺は、前にも説明した通り一応の監視はしていたが、最初から俺達四人の間ではアダスティア王国の女性の扱いについての問題を直視するべき時が来たという認識だった。だからこの先俺達がどう動くべきかをずっと連絡を取り合っていたんだ。セオからティアの元婚約者…えっと、ルーファスだっけ?あいつの今までの言動とか性格とか聞いて、ザックからティアの性格とかも聴いてたから、ちょうど良い時期にある、このセオの誕生パーティーを利用することにしたんだ」
「ルーファスについてはまぁ予想通りの行動を起こしてくれたよね」
ギルが言葉を切ると、その後をセオドリック様が継ぐ。
「あそこまで下品だとは思わなかったけどね」
アーサー様が呆れた声を漏らし、隣でエレノーラ様が顔をしかめている。
確かに、あの言葉は聞くに堪えない。
「噂には聞いていたけど、あそこまで酷いのは私も初めて見たよ」
セオドリック様まである意味感心している。
「ティアが無事でいてくれて良かったよ…」
隣からふと小さな呟きが聞こえる。
私が驚いてギルに視線をやると、ギルは気まずそうに視線を逸らす。
その横顔は薄らと頬が赤く染まっていて、思わずドキッとしてしまった。
え…何これ。
すごいドキドキする。
私がギルに?
嘘でしょ?!
いや、ほら、ギルが柄にもないこと言うから…。
えっと…ギルも、ほら、いつもみたいに
て思ったのに、私へちらりと視線を寄越したギルの表情が、一瞬の驚愕の後、一気に真っ赤に染まってしまった。
「え…なに…?」
思わず漏れてしまった私の声に「「うわぁ」」という二人分の声が重なる。
「二人とも顔真っ赤」
「そういうのは二人きりの時にしてくれるかな」
アーサー様に続きセオドリック様が私達の顔を交互に見ながら呆れたように言う。
言われて初めて私は自分の顔が熱を持っていることに気付いた。
私は慌てて両手を頬にあて俯く。
嘘でしょ。
何で?何で赤面なんてしてるの?
何これ。
軽くパニックになってしまった私の隣で、ギルがわざとらしく咳払いをする。
「まぁ、これでもうティアがあいつに追い回される心配はなくなったってことだ」
「そうだね。流石にあそこまでだと、今日の件もあるから何も罰しない訳にはいかないし。後のことは私に任せてもらえば大丈夫かな」
ギルの言葉に、セオドリック様が相槌を打ち、優しく言葉をかけて下さる。
「これで二人も何の心配もなく結婚できるね」
ニッコニコの表情が声にまで乗っているかのようなアーサー様の声が続き、私は思わず驚いて顔を上げた。
視界に入った表情はやはり声の通りで、満面の笑みが浮かんでいる。
「…え?」
漏れた声と共に、ギルに視線を移すと彼はまたしても視線を逸らす。今度は顔ごと。
「ギル?アーサー様達に偽装婚約だって言ってないの?」
「「「え?」」」
私の問いかけに、ギル以外の三人の疑問の声があがり、私は事態を把握した。
そして、その時になって漸く一つ大切な事実に気が付いた。
私の言葉に、ギルがあからさまに肩を揺らす。
取り残された三人は、会話の怪しげな方向性に、私達を交互に見遣りハラハラした様子を見せている。
「ねぇギル。そもそもこれって、実際に婚約する必要ってなかったんじゃないの?」
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