8.馬鹿と鋏は使いよう
「セレスティア!お前、やはり俺様が恋しくなって戻ってきたんだな!仕方ないから、気を引きたくて俺様のことを馬鹿にしたような手紙を残したことは許してやる。さあ!お前の望み通り今からお前に俺様の子種をたっぷり注いでやろう!!しかし、許してはやるがお仕置きは必要だな!まずはお前が素直になれるよう、手足を縛って、お前が自ら俺様のモノをぶち込んで掻き回して欲しいと懇願するまでは焦らさないとな!」
馬鹿で下品な言葉を大声で叫びながら、私の肩を掴もうと上げられた手が触れる寸前、その手は私の横から伸びてきた手に掴まれ止められた。
掴んだ手を捻り上げるように背中に回すと、目の前の馬鹿──ルーファスから情けない悲鳴があがる。
「ひぃっ──。イテテテテッ!やめっ─、放せっ!何だお前はっ?!」
周りはすっかり驚きからドン引きへ変遷し、少し距離をあけて私達を囲むように半円になっている。
ルーファスを取り押さえているのは勿論ギル。
そして、私の隣には心配してくれたらしいアーサー皇太子殿下とエレノーラ様。
背後にはセオドリック王太子殿下。
斜め後ろには近衛騎士に守られた国王陛下と王妃陛下という、この地獄絵図。
この下品で馬鹿で下衆な男の頭の中身は
ギルに暴言を吐きつつ暴れるルーファスを、ギルは涼しい顔で押さえつけている。
これ、私は一体どう収拾したらいいんだろう。
そう思ってルーファスを見つめていると、ギルが冷えた声を発した。
「王太子殿下との挨拶を遮り、
少しだけ捻り上げる力を緩められ、漸く周りの状況とギルの声が脳へと伝達されたらしく、ルーファスは周囲を見回した後に私の背後、セオドリック王太子殿下に視線を向け若干顔を引き攣らせる。
そして漸く、正座で腕を捻り上げられた状態でセオドリック様に向かって声をかけた。
「王太子殿下、大変失礼致しました。しかし、そこにいるセレスティアは私の婚約者でありながら、私の気を引きたいが為に自殺を仄めかし、私の前から姿を消していたのです!それが無事であったことに安堵したあまり、状況を察することができずこのようなことを──。って、貴様、いい加減手を放せ!!」
馬鹿の割には丁寧にセオドリック様に謝罪を述べたが、許しを請うより先にギルに向かって怒鳴りつける。
それを
「態度を改めるべきはお前だ、ルーファス・フォン・アークライト。お前を取り押さえているその方はウェルネシア帝国皇弟殿下のご子息。つまり、隣国の皇族だ。そしてここにいるセレスティア嬢は、その方の婚約者だ。言動を慎め!」
「──────は?…今何と?」
セオドリック様の言葉に、ルーファスは呆けたように口を開く。
ルーファスから力が抜けたからか、ギルが彼から手を放すと、彼はその場にペタンと両手をつき、口は半開きのままセオドリック様を見上げる。
「セレスティア嬢は、無理矢理結ばれた婚約に耐えられず、世を儚んで自死を試みたが瀕死のところを、そこにいるギルバート殿に助けられ一命を取り留めた。我が国では既に彼女の死亡届が受理されていたが、ウェルネシア帝国にて保護されギルバート殿の婚約者となった。つまりルーファス・フォン・アークライト、お前との婚約は無効になった後に、ウェルネシア帝国にて新たな婚約が結ばれた。故にセレスティア嬢はお前の婚約者ではない。無体を働くことは許されない」
セオドリック様が丁寧に説明して下さる。
へー。そういう設定なんですねー。
知らなかった。私、瀕死のところをギルに助けられたんだ。
ギル、命の恩人なんだね。
思わず引き攣りそうになる顔を引き締める。
ルーファスはさっきギルが
というか、もしかしたら自分に都合の悪い部分は、無意識でスルーしているのかもしれない。
「──っちょっと待って下さい!!セレスティアは俺の婚約者です!死んでいないんですから、婚約無効は無効ではないのですか!」
皇族相手に婚約者を返せって言える伯爵子息って凄いね。
皇族が婚約者にして、王族がそれを認めてるのに。
セオドリック様ははぁと大きく溜息をつき、馬鹿の為に懇切丁寧な説明を継続する。
「正確に言おう。セレスティア嬢は発見された時、間違いなく心臓が止まっていた。つまり死んでいたんだ。それをギルバート殿が蘇生させた。彼は騎士でね。心臓が止まってすぐであれば蘇生できる方法を知っていたからね。つまりアダスティア王国としては、彼女の死亡は受け入れるしかないんだよ。この国に在ったのは彼女の遺体だったのだから。彼女が生き返ったのはウェルネシア帝国でだ。そしてこのことは両国納得済みのことなんだ。ここまで言えばお前でも理解できるか?」
つまり私は遺体になって海を渡ったのですね!
ほぉ。素晴らしい筋書きですギルバート様。
ちょっと呆れた顔でギルを見つめてしまった。
ギルはルーファスの後ろでニヤリとした笑みを浮かべている。
「そんなっ。こいつは俺の──」
ルーファスしつこい!
叫びたいけど、大人しく猫さんを一枚、二枚…
暑苦しくなりそうな程沢山の猫を被っていると、それまで静観していたアーサー様が口を開いた。
「君はしつこいね。セレスティア嬢は死を選ぶ程、君のことが嫌いだったんだよ。いい加減諦めたら?王族と皇族が認めているんだよ?第一、アダスティア王国は女性に婚約の拒否権が無いというのが良くないよ。ねぇ、セオドリック王太子殿下?貴方はどう思われます?」
アーサー様の容赦ない言葉に、ルーファスも漸く口を閉ざす。
代わりに、話をふられたセオドリック様が楽しそうに口を開いた。
「そうだね。私も、そこはそろそろ変えていくべきだと思っていたんだ。今回はこうやって明るみに出たけれど、もしかしたら彼女のように世を儚んで自死を図った者が他にもいたかもしれない。相手がこんな人間ではね。幾ら最終的に娶ればいいとは言っても、男としての責任はそれだけじゃないよね?ちゃんと相手を幸せにしてあげないと。いかがですか、国王陛下」
突然ふられた国王陛下はうぉふぉんと咳払いをして、チラリと王妃陛下へ視線をやってから、セオドリック様へと応える。
前に盾となって立ち塞がっていた近衛騎士達はいつの間にか脇へ下がっていた。
「そうだな。もう
国王陛下の言葉に、私は軽く目を見開いて陛下を見つめてしまった。
凡人で、アホな王様だと思ってたのに、意外とものを解ってる王様だった?
あ、でも実行力がないのか。
側近達に力負けしてるとか?
失礼なことを考えていた私の腰が唐突にぐいっと引かれる。
驚いて顔を向けると、ギルが隣に立ち、私の腰を抱き寄せていた。
彼は相変わらず、ニヤリとした笑みを浮かべて私を見つめていた。
貴方一体どれだけの人間を巻き込んでるんですか。
ジト目で睨み上げても、ギルはどこ吹く風である。
まあ、もう私には関係のない話ではあるけれど、アダスティア王国が良い方向に変わってくれるのなら、それに越したことはないだろう。
何しろ、今この時にも嬉しそうな表情を隠せないご令嬢が幾人か見て取れるのだから。
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