7.馬鹿は死んでも治らない
七日なんてあっという間で、私はギルに連れられ、アダスティア王国へと向かう船に乗せられた。
今回は密出入国ではなく皇族の婚約者としての旅程の為、船は豪華な客船だった。
ウェルネシア帝国からアダスティア王国までは船で二日。
アダスティア王国に着いて一日は旅の疲れをとるために用意された休息日となっている。
とはいえ、私は死亡扱いされている家出人。
外をうろつく訳にもいかないので、ホテルで引き篭もって過ごした。
そしてパーティー当日──。
ギルが用意してくれたドレスに、彼が手配してくれた侍女たちが着替えさせてくれる。
真っ赤なドレスに程よく装飾が施され、色合いで派手に見えそうなものだが、厭らしさのないスタイリッシュなデザインになっている。
少し胸元が開いている気がして気になるものの、それを厭らしく目立たせないように首飾りが存在感を示す。
何故か少し悔しい気もするが、彼のセンスは良いらしい。
着替えが終わると侍女が呼んできたのか、タイミング良く彼が部屋へ訪れる。
軽くノックをしてから部屋へ入ってきた彼は、一歩踏み入れた所でピタリと足を止めた。
黙って立ち尽くす彼に
「どうかした、ギル?」
動く様子のない彼に問いかければ、彼ははっとしたように動きを取り戻し、私に歩み寄りながら口端を上げる。
「いや、馬子にも衣装だなと思って」
相変わらずの軽口に、少々ムッとしたものの、乗ってやるのも癪だとスルーすることにした。
私が無視を決め込むと、彼はバツが悪くなったのか指先で頬を掻きながら、私へと腕を突き出した。
「では参りましょうか、セレスティア嬢」
柄にもない丁寧な言葉と仕草に、ゾクッと背中を何かが走った感覚がしたけれど、ふるふると体を小さく震わせて、彼の腕へと手をかけた。
部屋から馬車へ、そして馬車から会場へとエスコートしてくれる様は、今まで私が見てきた彼とは違い、確かに皇族だと感じさせるものがあった。
勿論、装いによる補正も幾分加わっているものの、元々の精悍な顔つき、騎士であるという言葉通り逞しい体躯。凛とした佇まいに、指先まで洗練された仕草。
なんだか物凄くムカつくけれど、認めますとも。
ええ。確かに皇族の方なのでしょう。
でもなんだか──
隣に立つ彼を見上げて、私は続く言葉を振り払った。
真っ直ぐに背筋を伸ばし前を見つめる彼は、会場中の人の注目を集めている。
それこそ男女問わずに。
まあ、それはそうだろう。
この会場の中でも、これだけ存在感を示している人間はアダスティア王国の王族の他には彼と──
「やあ、ギル。久しぶりだね」
目の前に迫る銀髪碧眼の超絶美青年。
装いから、どう見ても明らかに王皇族であるに違いないと判る上に、この銀髪と顔立ち。
私は隣に立つギルにチラリと視線をやってから、目の前に立つ美青年に視線を戻した。
「ああ、久しぶりだなアーサー」
「こちらが
アーサーと呼ばれた彼の視線が私を見下ろす。
その瞳は見下しているような色はなく、寧ろ面白い物を見つけたというような色を浮かべている。
彼の半歩後ろには、控えるように金髪碧眼の美女が淑やかに立っている。
きっと彼の婚約者、皇太子妃候補の一人だろう。
アーサー・フォン・アンザム皇太子殿下。
名前だけは知っている。
ウェルネシア帝国の次期皇帝。
そんな人物が皇太子であれば、確かに他の皇位継承権を持つ者はその座を狙うつもりもなくなるかもしれない。
「ああ、俺の婚約者。セレスティアだ」
アーサー様の問いかけに答える形で紹介され、私は慌てて礼をとる。
「セレスティア・マディライトと申します」
「ウェルネシア帝国皇太子、アーサー・フォン・アンザム。隣の彼女は私の婚約者で、エレノーラ。よろしくね、セレスティア嬢」
「エレノーラ・フォン・パーセルと申します」
私の挨拶に続き、皇太子殿下と婚約者様が挨拶を返してくださる。
まあ、ある程度覚悟はしていたけれど、いきなり皇太子殿下とご挨拶とか、緊張するどころの話ではないからやめて欲しい。
とは言え、ギルのパートナー…というか婚約者としてここにいる以上仕方ない。
しかもアーサー様の先程の言いようからすれば、恐らく私の事情は全てご存じなのだろう。
挨拶が済むと、アーサー様は楽しそうに…ギルと似た、口端を上げる笑みを浮かべると私達を促し、アダスティア王国の王族への挨拶へと足を向けた。
私はなるべく目立たないように、ギルの斜め後ろへと控え付き従う。
国王陛下と王妃陛下にご挨拶し、本日の主役である王太子殿下への挨拶へと進む。
セオドリック・フォン・バクスター王太子殿下。
十二人いらっしゃるお妃様のお子二十数人の内、漸く産まれた王子殿下お二人の内のお一人で、先にお生まれになった方だ。
今日お見えになっている王妃陛下はこの王太子殿下の実母。
この国は一番に王子を生んだ妃が正妃になることになっている。
私は、王太子殿下もお会いするのは初めて。
国王陛下は今までの何百年という流れを変える気概もない凡人というイメージだが、王太子殿下については特に噂に聴くこともなく、どんな人物なのか判らない。
「セオドリック王太子殿下、この度はお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、ギルバート殿。ところでそちらに控えていらっしゃる方が、
アーサー様達が挨拶を済まされ、続いてギルがセオドリック様に挨拶をすると、セオドリック様から挨拶と共に既視感を感じる問いかけが返ってくる。
つまりは、セオドリック様にまで話は通っているということなのだろう。
さすが皇族。
「ええ。私の婚約者のセレスティアです」
流れ的に紹介されるのは分かるし、勿論挨拶もしないといけないけれど──
「私」って何?!
いや、分かる。意味は分かる。
けど、鳥肌が立ちそう。
似合ってないよギル。
分かるよ。従兄弟な皇太子殿下ではなく、他国の王太子殿下だもんね。
言葉遣い大事よね。
でもね。やっぱり私は普段のギルの方がいい──。
ちょっと鳥肌立てながら、それでもちゃんとセオドリック様に挨拶を返した私を褒めて欲しい。
「セレスティア・マディライトと申します。この度はお誕生日おめでとうございます」
私が挨拶を返すと、セオドリック様はにっこりと笑みを返して下さる。
「ありがとう。ところでセレスティア嬢、君は確か──」
「セレスティア!!お前やっぱり生きていたんだな!!」
セオドリック様が礼に続いて私に何事か言いかけた瞬間、会場に響き渡るような大声が私達の左後方から発せられた。
それと同時に、場に不釣り合いなドカドカという大振りな足音が響いてくる。
幾ら身分関係なく婚約ができるようになり、このような晴れやかな場にも平民である私達のような人間まで参加できるようになったとは言え、王太子殿下との挨拶中、殿下のお言葉を遮って声をあげるなど有るまじき不敬。
やはり馬鹿は死んでも治らない。まあ死んでないけど。
アークライト伯爵も、どうしてあの馬鹿を未だ見限らないのか疑問で仕方ないわ。
「殿下、お話中でしたのに大変申し訳ございません。少々失礼致します」
そう言って、スカートと摘み小さく礼をとって、セオドリック様の「構わないよ」という言葉を受けてから、私はゆっくりと足音が近づいてくる方へと振り返った。
足音の主はもう既に2メートル程の距離まで迫り、逸る気持ちを体現するように、右手は既に私へと向け上げられていた。
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