6.チャラ男の企み

そんな彼の様子をぼーっと見上げていた私の脳裏に、ふと騎士服を着た銀髪の男性の姿が浮かぶ。

「──え…?」

「今日、港で遭っただろ」

遭った。確かに港で見かけた。

銀髪を頭のてっぺんで括った、長身の騎士。

しかも、そう思って見れば、ザックさんも銀髪…。


言われたことを総合すると、確かに色々と繋がる。

逃げてきた当初、ギルがここにいたことも。

ウォールさんとイレーネさん、ザックさんが動じなかった訳も。

ザックさんがギルを頼れと言った言葉も。


「──つまり…」

「お前がアダスティア王国から逃げてくることを知って、騎士として、皇族として、お前を見張っていた。おかしな動きをするようなら捕らえる必要があるからな」

私が考え、求めた答えをギルが躊躇いなく口にする。


そう…か。

確かに、逃げる私は必死で気付かなかったけれど、迎え入れるウェルネシア帝国としては、正式な手続きを踏まず入国する人間を、知っていて野放しにはできないだろう。

しかも、私が最初に頼ったのが皇族の人間だなんて。


「だから、お前には俺の素性は明かさなかった」

その言葉に、考え込んで伏せていた視線を上げる。

何の感情も読み取れない顔を見上げ、浮かんだ疑問を投げかけてみる。


「今、明かして良かったの?」

「ああ。別にお前は怪しい人間でないことは分かったしな。…ただ、もう少し、ただのギルとしてお前と接していたかったというのはあるがな」


後半、顔を逸らし呟かれた言葉に「ん?」と小首を傾げる。

けれど彼は「いや、いい」とだけ言って話を終わらせてしまった。


「じゃあ、すぐにでも手続きをしておこう。明日にでも誓約書を持ってくる」

「ちょ、ちょっと待ってよ!私、ギルと婚約するなんて言ってない!」

私の方は見ず、ウォールさんとイレーネさんに向かって言い頷いて見せる彼に、慌てて声をあげると、彼は私の方へチラリと視線を寄越し溜息を吐いた。


「ティア。この国は確かに女性側の断る権利は認められている。だがな、お前はもう少し状況を考えろ」

彼の言葉を受けて、ウォールさんとイレーネさんが激しく頷いて見せる。


いや、分かるけど。

確かに状況的にこの上ない縁談なんでしょうよ。

でもね…。


じとっと見上げる私に、ギルは再度大きな溜息を吐き、ガシガシと頭を掻く。


「──悪かったよ」

唐突に降ってきた謝罪に虚を突かれる。

「え?」と漏れてしまった声に先を促されるように、彼は言葉を続けた。

「ティアがどんな人間か知りたかった。今まで俺の周りにいた女達とは違うんだって確かめたかったんだ」


「…意味が分からない」

言われた言葉に、思わず心の声が駄々洩れた。

けれど彼は気分を害した様子もなく、そこに至った背景を説明してくれた。


「これでも一応皇族だからな。現皇帝に男児は一人しかいない。そいつに何かあればザックや俺に皇位継承権が回ってくる。俺やザックの周りには常にその権威を狙う女共が群がってくる訳だ」

反吐を吐くように語る彼の姿は、私が彼に出逢ってから初めて見るものだった。


「うんざりもするだろ。手に入れるつもりもない皇位に群がる奴しか寄ってこないんだ。馬鹿みたいな夢だとは思うが、できるなら俺は俺自身を見てくれる人間と一緒になりたかった。でも、この国で、今までそんな人間に出逢えたことがない。だから──」

俯き加減に話していた彼の視線が、私の目をしっかりと捉える。


「誰もが諦めるような環境から、そして自分より高位の人間から逃げてきたティアに興味が湧いた。お前が、どんな人間なら相手に望むのか知りたかった。…他の女達とは違うんだって確かめたかったんだ。だから本当はもっと時間をかけて色んな俺を見て欲しかったんだ」


今まで見たこともないほど真剣な眼差しに、思わずドキリと胸が高鳴る。

それに気付かなかったふりをして、強い口調で問いかける言葉を投げる。


「だからって、何であんなチャラくなるのよ?」

「ん?チャラかったか?俺はお前に、俺に対して興味を持って欲しかっただけなんだが?」

まさかの素ですか。

思わず溜息が漏れる。


「分かった。まぁいいわ。とりあえずギルがそれでいいのなら、問題が解決するまでの間、形だけ、よろしくお願いします」


私は思わず考えることを放棄して、ギルに頭を下げた。

その言葉に、彼は眉間に皺をよせる。

何か気に喰わないことを言ったかしら?と小首を傾げて彼を見上げると、彼はついっと視線を逸らし「まあいい」と呟きを漏らした。


「すぐに手続きする。明日には誓約書を持ってくるから。但し、誓約はお前の本当の名前、セレスティア・マディライトでしてもらう。じゃないと、お前を助けてやれないからな」

言って私に視線を戻すと、彼は意味ありげに口角を上げ、にやりとした笑みを浮かべた。


なんだか嫌な予感がするけれど、考えないことにしときましょう。






翌日、宣言通り、ギルは誓約書を持ってミッターマイヤー家を訪れた。

ルーファスとの婚約の時には女性に拒否権がないため、誓約書を目にすることも、サインをすることもなく勝手に婚約を結ばれてしまったけれど、ウェルネシア帝国では必ず本人の直筆サインが必要になる。

誓約書に目を通し、最後にもう一度ギルに確認の声をかける。


「ギル。貴方に迷惑をかけることになってしまうけれど、本当にいいの?…その…、勿論貴方が本当に愛する人に出逢えた時に、婚約解消して欲しいと望むなら、いつでも応じるつもりではあるけれど…」


彼はその言葉に、チラリとだけ私へ視線を寄越すと、小さく溜息を吐いた。

まぁ、それは溜息も吐きたくなるわよね。

申し訳なさでいっぱいになって「やっぱり──」と口を開きかけた瞬間、彼はその声に重ねるように返してきた。


「俺は構わない。変な気はまわさなくていいから、さっさとサインしろ」


言った彼の表情は、迷惑だというようなものでもなく、少し焦りにも似た感情だけが読み取れる。

とりあえず、彼が迷惑だと感じていないのであれば、暫くの間厄介になろうか、と覚悟を決めて誓約書にサインをした。セレスティア・マディライトとして──。


サインをして、彼に誓約書を渡すと、書面を確認した彼は口角を上げ、にやりと笑みを浮かべる。

誓約書を丁寧にしまい「じゃぁ、俺は誓約書を提出してくるから」と戸口へ向かいながら言い、外へ一歩踏み出そうとして振り返る。


「そうそう。十日後にアダスティア王国で、王太子の誕生パーティーが開かれるんだが、そこに招待されていてな。も同伴で出席することになっている。七日後出立するから、準備しておいてくれ。ああ、ドレスはこちらで用意してあるから」

「────はぁーーーーーーっ?!」


悪戯が成功したとでも言いたげな、ニヤニヤした笑みを浮かべて言い切ると、私の叫びを背に、彼はさっさと立ち去ってしまった。


「──ありえないっ!!」


私の叫び声に、店の準備をしていたウォールさんとイレーネさんが部屋へ戻ってきたけれど、興奮した私が何とか事情を説明すると「ああ、聞いているよ。早く準備にかかりなさい」と事も無げに返されてしまった。


沸々と湧き上がる怒りを着替えを放り投げる手に込めながら、一人ブツブツと呟き考えを巡らせる。

「何考えてるのよ、ギルは!」

いくら婚約したとは言え、逃げ出してからまだそんなに日も経っていないのに、アダスティア王国の、しかも王太子の誕生パーティーなんて、ルーファスも来るに決まっているじゃない。

あいつに見つかったらどうしてくれるのよ!


心の内で悪態をついて、ルーファスと遭遇した場面を想像してみる。


──ん?

意外と大丈夫なのか…?


考えかけたけれど、怒りと焦りに疲れて、私はそれ以上考えることを放棄した。

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