第13話 その後のふたり

「ねぇちゃん、勘弁してくれよ。」


「洋平、ごめん。お連れ様がいるとは知らず。改めまして、洋平の姉の香奈です。」


と言うなり、店の奥に声をかける。


「陸、ちょっと来て。」


奥から見慣れた店長がやってくる。


「あれっ、今日も買いに来てくれたの?」


店長が私を見るなり声を掛けてくれる。


「あれっ、陸さんと知り合い?」


洋平さんが声をかけてくる。


「ん?洋平と知り合いなのか?こちらはいつもお待たせしてしまうお客さまだ。」


店長が胸を張って言う姿に笑いが込み上げる。


「お客様をお待たせするなんて、よく堂々と言えたもんだ。こちらは俺が働いている会社の社長さん。」


「そうでしたか、世間は狭いとは言ったもんですね。私はもうすぐ洋平の義兄になるパン屋の店長です。そして、この美人さんがもうすぐ俺の奥さんになる人。」


と愛おしそうに香奈さんの肩を抱き寄せる。


その手を払いながら香奈さんが、


「私の自己紹介はとっくに終わってるわよ。社長さん、先程は大変失礼しました。陸がお店から離れられないから、結婚式の打ち合わせに洋平に来てもらってたことがあったの。ちょうど体系も同じぐらいだから衣装合わせとかも都合がよくて。勘違いしないで下さいね。ところでお名前聞いても良いですか。」


香奈さんに聞かれたことで自分が自己紹介していないことに気付く。


「申し遅れました。高梨凛と言います。洋平さんとは同じ会社で働いてます。このパン屋さんのクロワッサンの大ファンで時々お買い物させて頂いてます。先程は大変失礼しました。」


さっきの失態を思い出して恥ずかしくなる。


「凛ちゃんって呼んでもいいかしら。」


香奈さんが聞いてくる。


「もちろんです。」


と答えると、洋平さんが話に割って入ってくる。


「社長、そろそろ出ましょう。」


一刻も早く出たそうな相馬さんに対し、香奈さんがぎろりと睨みつける。


「折角うちの店のファンだって言ってくれてるのに手ぶらで帰すわけにはいかないわ。」


と言うと手早くパンをトレーに乗せて袋詰めしてくれる。


「あんまり役に立たない弟だろうけど、これからもよろしくね。」


「役に立たないなんてめっそうもないです。色々助けて貰ってます。」


と言いながら、ちらっと相馬さんを見ると少し口元が緩んでいる。


嬉しそうだ。


「ところで、洋平。凛ちゃんって、あんたが昔から綺麗だのカッコイイだの大騒ぎしているサーファーの子に似てない?」


「ねぇちゃん、その話はいいから。」


と慌てて私を店の外に連れ出そうとする。


「香奈さん、私もよくこの海でサーフィンするんですよ。似ている人がいるなんて面白いですね。」


「ということは。洋平の慌てぶりを見ると。」


香奈さんはニヤニヤしている。


「ねぇちゃん、余計なことはいいから。さ、社長そろそろ行きましょう。」


と相馬さんが腕を掴んで外に出ようとする。


腕を掴まれながら、香奈さんと陸さんにお辞儀して店の外に出ようとすると、背後から香奈さんから声をかけられる。


「凛ちゃん。洋平は昔から凛ちゃんのことよく見てたわよ。それはそれは綺麗だの美人だのカッコイイだの言って、いつも遠目から見てたわよ。まさかこんな形で知り合いになってるとは思わなかったわ。またお店に寄ってね。」


香奈さんの言葉を聞き終わると同時に店の外に引きずり出されてしまった。


「相馬さん、さっきのことどういうこと?」


「ねぇちゃんが何か勘違いしているみたい。気にしなくていいですよ。」


「相馬さんが教えてくれないなら、香奈さんに聞きにいく。」


と言いながら、再び店の中に戻ろうとするも洋平さんに止められる。


「分かった、分かったよ。俺が話すから。」


と言いながら、手を繋いで海辺を歩き始める。


「俺の話聞いても引かないで下さいね。」


「分かりました。どういうことですか?」


「陸さんとねぇちゃんと3人でよくこの海でサーフィンしてたんだよ。時々社長を見かけて綺麗でカッコイイ人だなと思ってたら、展示会でも見かけて同業者かなと思ってたんです。」


私は黙って相馬さんの話を聞いていた。


「そんな時、社長の会社で秘書を募集しているのを耳にして、どんな人なのか気になって秘書に応募して今に至るっていうこと。」


話終えた相馬さんは恥ずかしそうに口元に手を当てる。


「相馬さん、まるでストーカーですね。」


「社長、それはないでしょ。」


と恥ずかしそうな顔をして私を見る。


「そんな昔から知ってるなら声かけてくれればいいのに。」


「高嶺の花すぎて、俺なんか相手にされないだろうと声もかけられなかった。仕事で近づくようになって、気持ちが抑えられなくなってきたんだ。」


前を向いたまま歩いている相馬さんだけど、握られている手に力が込められる。


こっちを向いて欲しくて


「相馬さん。」


と呼んでみる。


「何?」


とこっちを向いてくれたタイミングで、ちゅっと軽く唇にキスする。


相馬さんは一瞬驚いた顔をした様子をしたが、直ぐに真顔になって、


「社長、今のは社長が悪い。俺をその気にさせたのは社長だ。」


と言って、私の手を引いて早歩きになる。


私は意味が分からなくて、


「どういう意味?」


と相馬さんに問いかける。


「どういう意味かほんとに分かってないの?俺の家に着けば意味が分かるよ。」


相馬さんの言葉で意味を理解すると、顔が熱くなる。


そんな私を見ながら、


「その顔も反則だね。さぁ、俺の家に行くぞ。」


2人で笑いながら、早歩きで車に向かって行く。


海辺に夕日がキラキラと反射して綺麗だ。


相馬さんとこんな関係になれるなんて、今日の朝は思ってもいなかったなと。


ーENDー

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