第2話 出来損ないの二人


「すみません、シーラという女性は私と一緒に居ませんでしたか!?」


 どうやら彼女は目が見えない様子だ。僕の顔が分からず不安げな表情で身内らしい人物の所在を尋ねてきた。


「いや、そんな子は見掛けなかったが……」

「普段はメイドのシーラが私の面倒を見てくださっていました。彼女が居てくれたから私は生きていられたんです! 彼女が居なければ私は……」


 何かを思い出したのか、突然泣き始めてしまったリアラ。


 だがそのメイドが居た、という手掛かりは得られた。……ということは、彼女はどこかの良い所の御令嬢だったみたいだ。メイドを雇えるぐらいには裕福のね。


 取り敢えず、事情説明を兼ねて僕はここまでの経緯を伝えることにした。倒れていた彼女をダンジョンで拾ったこと、ここは僕が借りている宿屋である事などを話すと、彼女は口を抑えてとても驚いていた。


「君の名前や住んでいた場所は分かるかい?」

「私の名はリアラです。住んでいた場所は……キトゥス国の王都です」

「キトゥスだって!? 隣りの国じゃないか……」


 キトゥス国はこの国であるライラック王国の隣だ。距離的にはそこまで離れていないとはいえ、どうして彼女はダンジョンなんかにいたのだろう。


「おそらく、転移石でテレポートしたから……かと」

「転移石!? そりゃまた珍しいアイテムを……しかし、尚更どうして」

「じ、実は……」


 ポツリポツリと彼女は自分の生い立ちを語り始めた。


「私の父は王でした。しかし、私が生まれつき目が見えず……それを理由に、母と共にずっと王城に軟禁されておりました」


 彼女の母は己の境遇に悲観し、自ら命を絶った。

 生後間もなく独りぼっちになってしまったリアラだが、家族も含め誰も会いに訪れてはくれなかった。親の愛も知らず、これまで真っ暗闇の世界で暮らしてきたというのだ。


「唯一の心の支えが、メイドのシーラでした。彼女だけは母の代わりに私を育て、ここまで一緒に居てくれたのです」


 だがそんな日々にも、唐突に変化が訪れた。


「戦争……?」

「はい。私の知らぬところで国同士で争っていたようなのです。そしてある日突然、シーラが私に『城が急襲を受けている』と告げました。そして一刻も早くこの国から脱出しよう、と。それで私は……」


 彼女が家族よりも信頼しているメイドの発言だ。

 だからシーラに従い、混乱のどさくさに紛れて城から脱出した。


「ですが逃げる際中に追手に捕まりそうになり……シーラは私に転移魔石を使い、自身は囮となったのです」


 なんとそのメイド、キトゥス国の宝物庫から貴重な“転移の魔石”を拝借してリアラを逃がしたらしい。

 なんていうか……随分と用意周到なメイドだな。


「ただ、どこに転移するかまでは分かりませんでした。さらには転移の衝撃で意識を失ってしまっていたみたいで……」

「そこを僕が見付けたというワケか。しかし、まさか転移先がダンジョンだったとはね。運が良いというか、悪いというか……」


 でもどうして彼女は城に幽閉されていたんだろう。目が見えないだけで、そこまでするものなのだろうか?


「祝福……か?」


 どの国でも王子や王女の祝福というのは重要な問題だ。

 長子であっても、次男以下が優秀であればそちらが後継ぎになる、なんてことはザラにある。それ程までに祝福が絶対視されているのだ。



「……恐らく、そうだと思います。私の祝福はとても珍しいと聞いていたので」

「そんなになのか……?」


 僕も自分の能力は珍しいと思っているが、敵国がわざわざ狙ってくるほどのものではない。リアラは少し考えた後、手のひらを上に向けて何かを念じ始めた。


「これが私の祝福です。私を襲った者はこの能力を狙ったのかもしれません」

「こ、これは……!」


 僕はあまりの驚愕で目を見開いた。

 なんと彼女の手のひらの上に、不格好な黒い土偶が現れたのだ。


 ふつう、無から何かを生み出す祝福なんて存在しない。

 それこそ神でしか不可能な行為なのだ。

 

「私の祝福は『創造』。思い描いたものを創り出す力です」


 それが本当だとしたら、これはとんでもない能力だ。彼女の国が囲い込んで幽閉したくなるのも分かる。


「ですが……」

「そうか、見えないのか……!!」


 ……だが彼女は生まれつき、目が見えない。だからあんなヘンテコな土偶が出てきたのか。きっと一般的な人形を作ろうと思っても、暗闇しか見たことが無い彼女ではマトモにイメージができないのだろう。


「いや、しかしこれは……もしかすると、神のお導きなのかもしれない」

「えっ……?」


 僕のセリフにリアラは首を傾げる。理由を説明するには、まずは僕も自分の祝福を彼女に伝えなければならないだろう。だがこれは僕にとっても彼女にとっても重大な話だ。念の為に確認しておこう。


 一度深呼吸をしてから、僕はリアラに尋ねることにした。



「聞いてくれ、リアラ。もしもキミの目が見えるようになると言ったら、キミはどうしたい?」

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