黒4:今日は、良くない日。

さく、さく。

今、僕は山の中にいる。

それも暗い、夜の山中だ。


別に何がどうと言うわけではない。

でも、僕は時折どうしようもなく、他人が煩わしくなる時がある。

そう言う時に、僕はふらりと、この世の端っこの方に歩いていく。


「…」さく、さく。

町は、眩しい。

眩しすぎて、他人のこころに押し潰されそうになる。

肩身が狭い、が一番感覚として近い。


「………」さく、さく。

空は、蒼い。

透き通るようなスカイブルー。

蒼くて、遠くて、今にも降って来そうで、嫌になる。


「……………」さく、さく。

社会、これはもう僕には合わない。

理由、と言える程の形を持たないけれど、だからこそ直しようもない異物感。


「…………………」さく、さく。

朝は、暴力的。

隠してたものをさらけ出せ、と言ってくる気がして。

昼は、活動的。

人と人が行き交い、毒にも薬にもならない会話ばかりが虚しく響いて。


「…くそ」

春はだるい、曙とか大嘘だ。

夏は暑い、どうして黒は熱をよく吸うのだ。

秋は寂しい、冷える空気がこうも物悲しい。

ーー冬は、嫌いだ。

厭なことを思い出してしまうから。


(…ああ、くそ。今日は良くない日だ。)

次から次へと、どんどんとごみのように。

後から後から、厭な事が沸いてくる。


怒鳴り声が嫌いだ。厭な事を思い出すから。

平謝りが嫌いだ。厭な事を思い出すから。

鉄の匂いが嫌いだ。厭な事を思い出す。

冷たいのが嫌いだ。厭な事をーー


「…ああ、くそ、くそ、くそ…」


どうにもこうにも、今日は駄目な日だ。

どんどん、どんどんと沸いて出てきてしまう。


ばふん。べちゃ。

適当な拓けた場所を見つけ、寝転がる。

泥が付いた音がしたが関係あるか。

どうせ後で洗うのは僕なのだ。


「…くそ」


ごろんと仰向けになり、そらを眺める。


「…」


…夜は好きだ。厭な事を覆い隠してくれるから。

夜は好きだ。暗くて落ち着く、それに静かだから。

夜は好きだ。一人でいても良い時間だから。


星は好きだ。夜に輝く星空を見ると綺麗だから。

星は好きだ。視ると受け入れられた気持ちになる。

星は好きだ。自分には遠くて届かない輝きが。


星空が好きだ。満天の輝きとその美しさが。

星空が好きだ。儚く小さく、密かに光る六等星が。

星空が好きだ。どんなごみでもそこにいられる場所を、羨ましく思う。


「…僕の嘘つき。」


静寂。それは否応なしに自分に向き合う時間。


…春はだるい、どうにも眠くなる。

夏はぬくい、どうしてこんなに熱を出す。

秋は静寂しずか、冷える空気が町を引き締める。今の季節。

ーー冬は。


「…帰ろう」のそりと起きる。


…べちゃりとした髪と黒衣を引き摺り歩き出す。

僕の馬鹿。


「…」


夜が嫌いだ。一人でしかいられない時間だから。

星が嫌いだ。僕には届かないその輝きが。

星空が嫌いだ。誰とも繋がれない六等星が。


「………」


朝が好きだ。黎明にけぶる朝靄が。

昼が好きだ。人々が行き交うその活力が。


「………全く、僕のひねくれ者」


町が好きだ。人々の生きる世界と社会が。

空が好きだ。透き通る蒼が綺麗に視えて。


「…ま、僕はこんなもの。こんな日もあるさ」


ーー寒いのが好きだ。

ーー暖かさを感じられるから。


「…明日は何時からだったかな」


こうして僕はどうにかこうにか。

毎日、折り合いをつけて生きていく。

この、どうしようもなく僕に優しくない社会ほしぞらで。

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