白3:私は、一人だ。
夜。何時ものように帰途につく。
「……ただいま」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……お母さまは?」
「本日もまた遅くなると……」
「……そう」
分かりきった問い《きたい》。
分かりきった答え《しつぼう》。
分かりきった
「お役目の方は、なんて?」
「何時も通り、滞りなくとだけ」
「……そう、そうよね」
何時も通りの日常を背に部屋に戻る。
ばさばさと着替え、何時も通りの作務衣に着替える。
「ふぅ…」
夕飯までは少しある。
ささっと宿題を終わらせてしまおう。
これまた何時も通り、私は机に向かって今日出た数学の宿題に取り掛かった。
かりかりと言うシャープペンの音だけが、部屋に響いていた。
◆
夜風が吹く。
「ん、く…ふぅ」
「お嬢様、夕飯のお時間です」
「ええ、わかったわ」
区切りがついたころ、女中が呼びに来て夕飯へ。
「頂きます」
何時も通りの和食。
味噌汁、ご飯、焼き魚。
日によって献立は変わるが、予定調和の域を出ることはない。
「御馳走様」
黙々と食事を終え、部屋に戻る。
さあ、と夜の風が吹く。
冬も近しい、冴えた風が。
「…」
眼下の町並みは、眩く輝いている。
何時ものように、何時もの如く。
「………」
自分の表情が曇るのを感じる。
夜空に光る星々がうっとおしい。
街の光、一つ一つが邪魔に感じる。
行きかう車のテールランプも。
川に反射する生活の証も。
無暗矢鱈とキラキラしている、人々の
その全てが、うっとおしくて、邪魔で、壊してしまえるなら壊したくなる。
「…………ちっ」
光は、嫌いだ。
夜の闇を消し去ってしまうから。
ぴしゃん。さっ。
窓を閉めて、カーテンをかける。
部屋の中が暗くても、宙に浮かぶのは眩い
うっとおしい、うっとおしい、うっとおしい。
どうして私には、こんな眼があってしまったのだろう。
「……視えない」
……せめてもの抵抗に、
それも、夜の帳に溶け込んで見つからない。
当然だ。彼女の心はとても暗く、深い。
昼に視れば、それはとても目立つだろう。
だが、夜に探せば、それは溶け込んで視えない。
この、無駄に眩く、しかし確かにある闇の中では、彼女の
この、冷たく広い屋敷の中で。
私は、一人だ。
「………」
そしてまた今日も床につく。
明日には、また同じことを繰り返すのだろうと思いながら。
――少し、少しだけ。
――明日は何か変わらないだろうかと、思いながら。
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