白3:私は、一人だ。

夜。何時ものように帰途につく。


「……ただいま」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「……お母さまは?」

「本日もまた遅くなると……」

「……そう」


分かりきった問い《きたい》。

分かりきった答え《しつぼう》。

分かりきった日常ルーチンワーク


「お役目の方は、なんて?」

「何時も通り、滞りなくとだけ」

「……そう、そうよね」


何時も通りの日常を背に部屋に戻る。

ばさばさと着替え、何時も通りの作務衣に着替える。


「ふぅ…」

夕飯までは少しある。

ささっと宿題を終わらせてしまおう。

これまた何時も通り、私は机に向かって今日出た数学の宿題に取り掛かった。

かりかりと言うシャープペンの音だけが、部屋に響いていた。



夜風が吹く。


「ん、く…ふぅ」

「お嬢様、夕飯のお時間です」

「ええ、わかったわ」


区切りがついたころ、女中が呼びに来て夕飯へ。


「頂きます」


何時も通りの和食。

味噌汁、ご飯、焼き魚。

日によって献立は変わるが、予定調和の域を出ることはない。


「御馳走様」


黙々と食事を終え、部屋に戻る。


さあ、と夜の風が吹く。

冬も近しい、冴えた風が。


「…」


眼下の町並みは、眩く輝いている。

何時ものように、何時もの如く。


「………」

自分の表情が曇るのを感じる。


夜空に光る星々がうっとおしい。

街の光、一つ一つが邪魔に感じる。

行きかう車のテールランプも。

川に反射する生活の証も。

無暗矢鱈とキラキラしている、人々の宝石こころも。


その全てが、うっとおしくて、邪魔で、壊してしまえるなら壊したくなる。


「…………ちっ」


光は、嫌いだ。

夜の闇を消し去ってしまうから。


ぴしゃん。さっ。

窓を閉めて、カーテンをかける。


部屋の中が暗くても、宙に浮かぶのは眩い宝石こころども。


うっとおしい、うっとおしい、うっとおしい。

どうして私には、こんな眼があってしまったのだろう。


「……視えない」


……せめてもの抵抗に、クロを探すが。

それも、夜の帳に溶け込んで見つからない。


当然だ。彼女の心はとても暗く、深い。

昼に視れば、それはとても目立つだろう。

だが、夜に探せば、それは溶け込んで視えない。


この、無駄に眩く、しかし確かにある闇の中では、彼女のこころは見つからない。


この、冷たく広い屋敷の中で。

私は、一人だ。


「………」


そしてまた今日も床につく。

明日には、また同じことを繰り返すのだろうと思いながら。

――少し、少しだけ。

――明日は何か変わらないだろうかと、思いながら。

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