白黒3:凡そ14年生きてきて。

「…はい、御馳走様」「うん、お粗末さま」

…結局、私が食べ終わるまでクロはずっと私を見ていた。

なんとも言い難い感覚だった。


「…ねえ、なんで見てたの?」

「え?いや、見たかったから…?」

なんとも"きょとん"と言う音が似合うような顔をされてしまった。


「だってねえ、だいぶ僕と食べる順番もスピードも違うし、なんか面白いなって」

「…私はこれが普通なのだけど」

「僕にとっては普通じゃないやい。ラーメンスープとか、あまり飲まないし僕」

「はあ?」


…見れば、確かにラーメンのスープが残っている。


「何故に、飲まないの?」

「え、いや。味濃いし…」

「最後まで飲むのが醍醐味なんじゃないの~!?」


理解できない、なんたることだ。

この世にラーメンのスープを飲み干さない人がいるなど。


「ま、まあ。それはいいじゃない。それよりちょっと聞きたいことがあるんだけど」

クロは眼を泳がせまくりながらそんなことを宣う。


「露骨に話を反らしたわね…この事はじっくり詰めて行くとして…何?」

「いや、なんで僕の渡した奴だけゆっくり食べてたのかなーって。そう言う光り方してたし」


ーーあ。そうか。コイツ私の宝石こころ視えるんだった。

妙に確信を持った表情かおで此方を視てくる。

深く黒を讃えた、夜の闇を煮詰めた眼。

それを視て、私は自分の失策を呪った。


「…ここはとぼけて良い場面?」

おためごかしが通用しない以上、ここは正面から向き合うしかない。

凡そ14年生きてきて初めての経験だと言っても良い。はっきり言って困惑している。

舌打ちまで出そうになるほどだ。


「あー良いよ?とぼけられてあげる」

「は?」

だが、あっさりとクロは引き下がった。


「…聞かないの?」

「言いたく無いんでしょ?んなこと無理に聞く趣味は無いなあ」

「………あ、そう…」

あまりの執着の無さにこっちがぽかんと呆れ返ってしまう。だが。


「…それとも、聞いてほしい?」

にひ、と意地悪にクロが笑う。

その眼は笑っておらず、"すべて分かってるぞ"と言わんばかりの…そう、とても優しげな眼をしていた。


「…意地悪」

「そう、僕は結構意地悪なのさ」

「おまけに嘘き」

「そうかもね」


いや、"優しげ"なのではない。

"優しい"のだ。

私には視える、視えてしまう。

彼女クロが何を思ってそうはんぶんこしたか。

彼女クロが何を慮ってそうしとぼけたか。


…そう、つまり、彼女は優しいのだ。

私が今まで視たこと無いくらいに。


出会ってまだそう立っていない小娘わたし宝石こころを大事にしてくれている暗闇それが視える。

半分このドーナツにその暗闇こころが乗る位。

その暗闇こころは驚くほど甘ったる、それが悪くなく。

…溺れてしまいそうな位、美味しくて。


凡そ14年生きてきて、初めての事だ。

誰かに、労られたなど。


「…もう行くわ、それと、私、土日は忙しいから」

声が震えている。色々な意味で。


「…そう、うん。いってらっしゃい」

そして彼女は、また気づいていながらも、努めてなんでもないように私を送り出してくれた。


…その優しい心遣いくらやみが、私にはとても心地好かった。

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