黒2:僕は一人なんだなって。

てこ、てこ。

五限が終わり、冬特有の短い昼があっさり沈んでとっぷりとした夜。

黒い少女クロは夜の街を歩いていた。


「~…♪……♪」

ひゅっひゅひゅー。口笛を吹くなど何年ぶりだろう。

上機嫌で浮かれているのが自分でもわかる。

結局のところ今日は全然授業の話など聞いてはいなかった。


心が軽い、というのはこの事だ。

今なら自分の宝石こころが吹っ飛んで行ってもおかしくないなとさえ思っている。

本当に"すっきりした"というのが一番しっくりくる表現だ。


「あ”-、でも泣きだしちゃったのはちょっと恥ずかしいな……」

パッと思い出し少し凹んだがまあそれはそれ。


がちゃ。「ただいまー」


暗がりの四畳半、汚らしいゴミが転がり、万年床が横たわる。

そんないつもの我が家へ帰ってくる。


「ふぁ、色々あって疲れたな……」

ばさばさと黒白衣を脱ぎ適当に床にばら撒く。


「飲み物……あったかな」

ミニ冷蔵庫から牛乳を探し取り出す。


「お湯……」

じゃごばー。水を電気ケトルに入れて沸かしだす。


「~♪」

湧くまでにひとまず牛乳を一杯。

さっさと服を脱ぎ、パジャマに着替える。


「はー気が抜ける……」

からから。気が向いたので一つしかない窓を開けて外を見る。


「さむっ……」

ひゅごー。夜風が吹き抜け僕の体を冷やしていく。

気持ち良さを感じる。寒いからそう長くはやらないが。


「………」

少しだけぼんやりと、夜の街を眺める。


光、光、光。

街の喧騒と色取り取りの街灯。

歩く人、走る車、営業中の店。

吹き抜ける風、ぱたたたと飛ぶ鳥たち。

流れる雲、隙間から降る月光。

流れる川、生きる街。


「…………………」

こうして、部屋から外を見ている時。

僕は一人なんだなって実感を感じる。


「…煙草でも吸えればカッコが付くんだけどねえ」

一度吸ったら滅茶苦茶にむせてからそう言うのはしないようにしている。

コーヒーをキメる方がよほど良いし。


ぱちん。「おっと」

ケトルのスイッチが落ちて湯が沸いたことを知らせる。


「よっと……」こぽこぽ。

出しっぱなしのマグカップに多めに入れた分を注ぐ。

残りは魔法瓶にぶち込んで明日の朝沸かさず使えるようにしておく。


「ほいっ」ぱこん。

てきとーにざかざかインスタントコーヒーの粉をぶち込む。

安く売ってる時買い溜めしておいたバレンティンのコーヒー。


「あ”、入れ過ぎた……まあいっか」

じゃばー。濃いインスタントコーヒーを半分ぐらい牛乳で埋め、冷ますと同時に量を出す。

ざっざかざっざか。砂糖を適当にぶっこむ。

量が多いと言われそうだがまあ誰も文句を言うやつなどいようはずもない。


「~…♪」

くるくる。これまた入れっぱなしだったスプーンでかき混ぜる。


ずっ。「ん…」

出来上がった奴をぐっと飲んでいく。


ごっごっごっ。

かたん。「ぷはー。うん、うまい」

一息に飲み干す。冬にはやはり暖かい物が効く。


「……ふぅ」

文字通り一息つく。

適当にスマホを充電ケーブルに刺し部屋の片隅に放り出す。


「あ”-」

ばふん。布団に寝転がり天井を見上げた。


「…」

ぼんやりと考えるのは、やはりあの子の事。


「………」

不思議な子だ。

僕と同じ”眼”があるからってだけじゃなく、何となく。

何か、上手くは言えないんだけど、兎に角不思議で気にかかる。


「……………」

今頃あの子は何をしてるのだろう。

制服だったから、中~高校生?それ位だろう。

そうなると部屋で御勉強でもしてるか?

いや、でもあの子は何かお嬢様っぽさを感じたし、想像の付かない事でもしてるのかも?


「………んー、わからないなあ」

ばっ。上体を起こし起き上がる。


「…そうだ、そう言えば」

――ふと、今日言われたことを思い出す。


『眼を閉じて"視"れば大体分かるわよ』


「…昼もやったけど、出来るのかな」

あの時と同じように、眼を閉じる。

今まで僕はこの”眼”の事を深く考えたことなどなかった。

ただ、視えるままに視ていただけだ。

でもあの子は、何故かは知らないが僕よりはこの眼に詳しいような気がする。


「………おぉ」

――”視”る。眼を閉じてるのに不思議な感じだが。

すぐとは言わないが、少しずつ見えてくる。


――きらり、きらりとそらに輝く。

――暗闇の荒野に散る鉱石ほしぼしが。


「おー……こんなこと出来たんだあ……」

これはなかなか面白い。

夜だからかは知らないが、ばあっと眩しさが飛び込んでくる。


「……………んー、と」

――”視”る。もっと”視”る。


「……何処だろ、んー、んー、んー」

”視”る。”視”る。もっと”視”る。


あの子シロこころは何処だろう。


「――うーん、邪魔だ……邪魔。こうかな……」

少しずつ、やり口が分かってくる。

少しずつ、ピントをずらして、他のこころを消していく。

少しずつ、あの子のこころが見えてくる。


「――いた」

――暫く立って後、ようやく見つけ出す。

見つけたからなんだって言われてもそうなのだが。


「……んーお、おー」

どのみちぼんやりとしか視えないし、わからないのだが。

確かにそれは彼女の光だった。


「……………」

ふふ、と少し薄ら笑いが漏れた。


全く持って勘違いかもしれないけれど。

全く持って気のせいかもしれないけれど。

全く持って僕の勝手な思い込みかもしれないけれど。


――ただ、このこころを見上げるだけで。

――もしかしたら僕は一人じゃあないのかなって。

そう、少しだけ思ったのだ。


「……はっくしょい!!!」

んなこと思ってたらびっくりするほどデカいくしゃみが出た。


「んぐ……あ、窓閉めてないや…そら寒いわけだよ…」

からから。ぴしゃん。何たる間抜けや僕。


「うう……さむ、もう一杯飲も……」

こぽこぽ。じゃばじゃば。ばっちゃばっちゃ。くるくる。

さかさかっと慣れた手つきでもう一杯作り出す。


ずず。「……あったか」


今日は久しぶりに、よく眠れそうな気がした。

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