黒1:「…で、なんでラーメン屋?」

ずるずるずる。

麺を啜る音が響く。


…あの後、子供のように泣きじゃくってしまった僕が、真っ白で小さな手に引かれて連れられたのが。


「…で、なんでラーメン屋?」


そう言うことであった。

ご丁寧に僕の前には真っ白い彼女が注文したラーメンが置かれている。が。


「…なんで激辛担々麺なのさぁ…」

ずるずる。

対面の少女は自分の担々麺を食べる方に専念していて話を聞いてない。


「…僕、辛いの苦手なんだけどなぁ………」

ぱきん。僕の嘆きは割り箸の割れる音に消されて誰も聞いていやしなかった。



ごくごく。スープが飲み干されていく。マジで?

がたん。「御馳走様でした」「で、でしたー…」


同じやつたんたんめんを食べながらにして、僕達の間には歴然とした差があった。

水も飲まず平然としながらスープまで飲み干し、食後の余韻を楽しむ彼女しろいの

水を通常の3倍は飲みながらひーこら言いつつどうにか中身を食い終え、スープなど飲めず突っ伏したくろいの

同じ人類とは思えないほどの大差がラーメン屋"禍福"のテーブル三番席に顕現していた。

だからなんだ、と言われても困るが。


「…私が食べたかったからですが。何か文句でも?」

口を押さえ何処と無く品のある動作で爪楊枝を使いながら、彼女はそんなことを宣った。


「あ、はい。それならそれで良い…んだけどこっちまで担々麺である意味は」

「?ラーメンと言えば担々麺でしょう?」

「…ラーメンと言えば醤油だよ!?いやそれ以外も割と派閥分かれるけど!」

「…?そうかしら」


こてん、と首を傾げられてしまった。むぐぅ。

つまり嫌がらせとかでは全く無く、寧ろ100%の善意か。宝石こころもそんな感じに光ってるし。


…しかしまあ、綺麗なものだ。

六杯目の水を注ぎながら再び彼女を観察する。


まず眼を引くのはさらさらの白い髪。

白銀位が丁度良い形容詞だろうか。良く手入れされているのだろう。ストレートなセミロング。


服装は白が基調の制服、セーラー服。

昔僕が着てた頃は「似合わない」と言われ続けてた制服、だが彼女には誂えたように彩りを添える。


一際輝いて見えるのが、ぱちっと開いた両の眼。

キラキラとして透き通り、輝いた白。

きっと心のそれが、眼から表れているのだろう。


「…」

ーー眼をそらしてたそれに焦点を当てる。

大きくはない、と言うか平たい胸元…ではなく。

その奥に鎮座し輝きを放つ宝石こころに。


「ーーねえ、何視てるの?」

「いや、君の宝石こころさ」

「…ああ、やっぱり視えるのね」

「…と言うことはやはり君も、かい?」


ふむ、と納得した風に頷く。

僕と彼女、全く同時、同じ動作で。


こう見えてもそりゃ僕は驚いている。

なにせこんな眼を持ってる人が他にいるとは思ってなかったもので。


「…ねえ、どう視える?」

少しばかりの間が開いて、そんな言葉が降ってくる。


…可愛いものだ。彼女が何を思ってその様な事を言ったのか、僕の"眼"には丸分かりだから。


「ん、そうだねえ…一言で言うなら、とても綺麗」


透き通る透明、濁り無き宝石いし

ブリリアントカットに分けられた正しく"宝石"と言わんばかりの佇まい。

色彩は白。光を取り入れて無限の色を見せる。

先は少し不安げに瞬いていた。


ーーそして、傷一つ無い、頑丈な宝石こころ

この世界に私が在って何が悪い。

その様な印象を視る人に与えさせる、そんな堂々としたもの。

…きっと、僕とは正反対の。


「キラキラ輝いてて、鋭くカットされて、とても眼が離せない。いっそ暴力的なくらいに」

「…ふふ」


上機嫌そうに笑う。

「私は貴女のから眼が離せないけれど」

「…さっきの醜態は忘れてほしいかなあ…」


はは、と愛想笑い。

何か誤魔化す時はこれで越えてきたけど。


「そんな宝石こころにもない事言って。楽になったでしょう?良い色彩いろしてるわよ」

「んぐ、誤魔化しようが無いか。そりゃね」


…僕と同じモノを持つんだから当然か。

彼女には僕の感じている事が丸分かりなのだ。


「…"宝石の眼"、そう名付けられてるわ」

「へえ、分かりやすい名前だ」


きっと僕らの会話は、周りから見たら重ねるべき言葉が三段くらい飛んでるんだと思う。

そもそも出会ってまだ30分程度も経ってない。

だけども既に、僕は彼女との間に心地好さを感じている。

かたん。ちゃり。お金を置いて彼女が立ち上がる。


「もう行くの?」

「お昼休みは短いの」

「…意外と悪い子」

「そうかもね」

「また会える?"シロ"」

「…それ、私?」

「透明が一番近いけど、響き的にね」

「…眼を閉じて"視"れば大体分かるわよ、"クロ"」

「気をつけてねー」


たかたかたか。店主の「ありがとうございましたー」を背に彼女は店を出る。


「…楽しかったな、なんだか」

言われた通りに眼を閉じて、"視る"。


僕の眼には、遠ざかる白い宝石がしっかりと視てとれていた。

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