九百九十三話 そういう事
『……お母さんは、あの人に……殺される、べき? だったの?』
『それは違うかな。ただ…………彼女に挑まれて、逃げれば……それは弱者の、弱虫のすることかな』
虎竜は出産から日数があまり経っておらず、体力が戻っていない状況であるにもかかわらず、ディーナとの勝負から逃げなかった。
その理由は、クロが伝えた内容以外にもあるが、虎竜の子が理解するには、その内容だけでも十分だった。
『それじゃあ……あの、人間のメスは、強かったん、だね』
『君のお母さんを追い込むほどの強さを持った人だね』
『………………………』
虎竜の子は何を思ったのか、ゆっくり……ディーナの方に近づいた。
既にディーナに対する敵意や怒気、憎しみが消えているため、クロは無理に止めようとはせず、アラッドたちも動かなかった。
「……?」
「ナゥ~~~」
ディーナに近づいた虎竜の子は、爪撃によって切傷を負った拳を舐めた。
それが何を意味するのか……ディーナも、その場にいる他の者たちも、なんとなくではあるが……理解出来た。
「ねぇ、アラッド。あれって…………そういう事、なのかな」
「……多分、そういう事なんだろう。なぁ、クロ」
「ワゥ!」
同じ境遇となった相手。
加えて、正々堂々と戦い、強い母に勝った強い人間。
クロが冷静に……丁寧に伝えた言葉もあってか、虎竜の子は…………ディーナな事を、既に他人とは思えなくなった。
「お疲れ様、ディーナさん」
もう良いだろうと思い、アラッドはディーナの元へ駆け寄り、ポーションを渡した。
「……すまない。色々と……ありがとう」
ポーションの礼だけではなく、約束通り始まった戦いに横やりを刺さないでくれたことや、乱入者を止めてくれた事……諸々の事に関して、感謝の意を伝えた。
「俺たちは、約束した内容を守っただけですよ。それに、クロはクロで十分満足出来る戦いが出来ましたから」
「ワゥ!!!」
アラッドの言う通り、クロは本当に……本当に久しぶりに、モンスターとの戦闘で百パーセントと満足出来る戦いを行うことが出来た。
時間にしてたった数分の戦いではあったが…………クロは本当に楽しんだ。
本来は、もっと時間を掛けて楽しもうと考えていたが、牛飢鬼の強さに引っ張られ、直ぐにギアが高まった。
結果、怪我を負うリスクがありながらも牛飢鬼を仕留める攻撃を、行動を何度も取る様になり、激闘はたった数分で終わった。
ただ……牛飢鬼は元々虎竜の様になるべき木々を、森を傷付けないように戦おうという気持ちなどサラサラなく、クロもそういった戦い方をするならばと、森の様子など気にせず動くしかなく……先程まで彼らが戦っていた場所は、禿山状態になっていた。
「そうか……それは良かった。ところで…………この子は、本当に私の元に来ると、言っているのだろうか」
傷口を舐めるという行動から、先程まで向けられていた敵意や怒気はないとなんとなく解った。
それでも、ディーナはディーナで両親の仇である虎竜と戦い、結果として子の親を奪ってしまったという思いがある。
「そうみたいですよ。なぁ、クロ」
「ワゥワゥ!」
その通りだと、自信を持って返事を返すクロ。
信頼出来る冒険者と、その従魔からその通りだと言われ……ディーナは虎竜の子と視線を合わせた。
「私の名前はディーナだ……これから、よろしく頼む」
「ルァウっ!!!」
こちらこそよろしくと、大きな声で返す。
そんな虎竜の子の様子を見て、エルダートレントは空気を読んだのか……子に何も講義をすることなく、森の奥へと去って行った。
「ディーナさん、そいつの名前はどうするんですか?」
「名前……そうだな、確かに名前は必要か」
帰り道、話題は虎竜の子の名前が上がった。
「……因みに、アラッドはどういう考えで、名前を付けたんだ」
「毛並みが深い黒だったんで、そのままクロって付けました」
「そうか……」
ディーナは強面ではあるが喋ってみれば理知的な部分があると知ったため、あまりにもあっさりとした名付け理由に少し意外だと感じた。
(……親の虎竜と違い、やや赤い)
虎竜の子……虎竜ジュニアの鱗は、虎竜と比べてやや赤い。
だからアカ……と、単純過ぎる名前は付けられなかった。
「ドラゴンと虎……タイガー? の子の子だから……ドライガーとか?」
「タイゴンより、そっちの方が良さそうではあるね…………アラッドは、何か良い感じの名前を思い付いた?」
「俺か? …………そうだな……」
アラッドは諸々の記憶を掘り返しながら、何か良い名前はないかと考えながら……チラッと虎竜ジュニアの方に視線を向けた。
アラッドから視線を向けられた虎竜ジュニアは、ほんの少しだけ体を震わせた。
特に敵意は感じられない。人間の中では少々強面な部類に入るが、モンスターからすればだから何なんだという外見。
しかし……まだ戦闘経験と言える経験はない虎竜ジュニアであっても、目に見えない強さを強制的に感じさせられる。
「…………ブローズっていうのはどうだ」
言葉の響きは悪くないと感じるも、ディーナたちはその言葉がどこから出てきたのか全く解らなかった。
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