九百六十四話 万に一つ、どころではない

「な~んか、あっという間に人が集まっちゃったね」


「ディーナさんはこの街ではちょっとした有名人みたいな人で、アラッドはアラッドで冒険者になる前から知名度があるからね……その二人が試合を行うとなれば、是が非でも観たくなるものだよ」


「……どうせならあたしが戦りたかったけど、アラッドとあの人の試合が観たいって気持ちも、ぶっちゃけあるね~~」


正直なところ、ガルーレの中にはまだ自分がディーナと戦ってみたいという気持ちが残っている。


この戦いが終わった後、後日こちらから声を掛けて、模擬戦を申し込めば良い?

確かにそれはそうなのだが、それでは今日のディーナ状態と異なる。


「それじゃあ、今からでもアラッドに言って変わってもらう?」


「………………止めとくわ。正直……アラッドの言う通り、私があの人と戦ったら、殺し合いになりそうだし」


軽く体を動かしているディーナに目を向けるガルーレ。


(今はアラッドを見てない。見てないけど……意識はアラッドに向けられてる。なんて言うか…………上手く、殺意を戦意に昇華出来てるよねぇ……あんな戦意をぶつけられたら、途中で止めるなんて無理無理)


殺すまで終われないという訳ではない。

試合として終わらせる攻撃では、勝てない。


あくまでそれはガルーレの感覚ではあるが、スティームも似た様な感覚を感じていた。


「その方が良いと思うよ」


「スティームは余裕よね。双剣を使うんだから、ぶっちゃけ殺し合いに発展せずに終わらせそうでしょ」


「……どうだろうね。片腕、片脚を斬り飛ばすことが出来れば、それで終わらせられるだろうけど……素直に斬らせてくれるかどうか」


「…………あれを纏っても、スパッと斬れるイメージが湧かないの?」


「そう、だね……スピードは上回れると思うよ。でも、戦いの流れで本能的にそこに刃を叩き込むのであれば別かもしれないけど、意識して狙おうとすれば……五分五分で、反応される気がする」


まだアラッドと戦う姿は見ていない。

それでも、赤雷を使って戦うと仮定したとしても、スティームにそう予想させるほどの強さを、ディーナは醸し出していた。


「ねぇ、もしかしてだけどさ。万が一って起こりえるかな」


「普段なら、ないと答えるけど……今回は、アラッドの構え次第、かな」


スティームの見立てでは、万が一どころではなく、殺し合いではないのだからアラッドがあれやこれを使用しないとなれば……十に一つは可能性があるように思えてきた。





「ふぅーーー。さて……そちらも、準備は終ったか?」


「えぇ………………あなたは、本気で戦わないつもりか」


互いに軽いアップが終わり、丁度良い距離まで近づく。


「そう思うか? でも、それはそちらも同じだろう」


「っ」


これから試合を行うにあたって、アラッドはロングソードを使うつもりはなく、アイテムバッグの中に鞘事しまっていた。


復讐の事だけが生きる目的だったディーナだが、それでも冒険者として活動を続けていれば、多少はアラッドという冒険者の情報が入ってきた。

情報では、ロングソードを扱う冒険者というのが主な戦闘スタイルだったが……今、目の前にいるそのアラッドが武器を装備していないことに、ほんの少しだけ思うところがあった。


だが、アラッドはディーナという女性冒険者の事を対して知らないが、それでも雰囲気や体型から解ることがあり、現在素手の状態であるディーナも本来は得物を使って戦う戦闘スタイルを得意としている。


「短剣やロングソードじゃないだろうな。大剣、ハンマー、槍、その辺りの武器だろう」


「…………」


「安心してくれ。俺も似た様なタイプだ」


「そう……じゃあ、戦ろうか」


「あぁ」


両者が構えた瞬間、どちらが勝つかなどに賭け、勝敗予想をしながら盛り上がっていた者たちが、急に静まり返る。


この試合には、審判がいない。

その状況も、観客たちに緊張を感じさせる要因の一つとなっていた。


(体も暖まってるし、偶には俺からッ!?)


こういった戦いでは、開戦時にあまり自分からは責めないアラッド。

だが、感じ取った強さから、偶には自分から攻めるのもありだと思った。


しかし、次の瞬間には鋭いジャブが飛来。


「シッ! フッ!!!」


「っ!! ッ!! シッ!!!」


反応速度だけで左ジャブを躱すも、その一撃だけで……アラッドの中でディーナに対する危険度が上がった。


(四足歩行の、モンスターだけを、主に狙ってるだろうから、対人戦技術はそこまでと、思ってたが……俺の見立てが甘かった、な)


現段階では、まだお互いに様子見。


ディーナとしては、持っている手札を即座に切って勝利を奪いとろうと思っていたが、予想以上にアラッドの素手の構えが堂に入っていたため、まずはアラッドが有している技術を探ることにした。


(最初の、一撃。入ったと、思ったんだが……流石、竜殺しの冒険者か)


やはり、下手に突っ込まず様子を見て正解だったと思いつつも、ディーナは臆することなく全ての攻撃に強烈な戦意を乗せながらアラッドを仕留めに掛かる。

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