九百五十話 普段と違う

「…………遅いな」


「遅いね」


大浴場から上がり、髪を乾かし体も拭いて着替えたアラッドとスティーム。


二人もそれなりにだいよくじょうでのんびり湯に浸かっていたが、出てきた時にガルーレの姿はなかった。


「のぼせてるか、それとも昔出会った冒険者に再会して……のぼせたかのどっちかか」


「どちらにしろのぼせてる可能性が高いってことだね」


ガルーレもこの世界では一応大人の女性であり、彼女自身、そこら辺の冒険者よりも強いため、放っておいても問題無い。


とはいえ……だからといって本当に放っておけないのがアラッド。


「……仕方ない、待つか」


「そうだね」


雪原で起きた雪崩の一件もあるため、アラッドとしては大浴場から宿までそこまで遠くはないが、それでも本当に放っておくことは出来なかった。


「お待たせ~~~」


そして約十五分後、ようやくガルーレが店の外に出てきた。


「おぅ、随分と長く入ってた、な…………なんでフローレンスまで一緒なんだ?」


「偶々一緒になって、ちょっと話し込んじゃってたんだよね~~~」


「……そうか」


フローレンスと話し込めば、つい長く湯に浸かってしまうことは、一応理解出来るため、特に深くツッコむことはなかった。


「にしても二人共、さすがに湯に浸かり過ぎてたんじゃないか? 少し顔が赤いぞ」


「あっはっは! 確かにちょっとゆったりし過ぎたね~~~……っ!!」


ごめんごめんと軽く謝りながらも、何を思ったのか……ガルーレはダッシュでフローレンスから離れ、スティームの手を握った。


「んじゃ、私たちは先に帰るね!!」


「はっ!?」


「んじゃ!!!!!」


そのままスティームを引っ張って走るガルーレ。


突然のことで驚くも、ガルーレの行動をなんとなく把握したスティームは、やれやれと思いながらも引きずられない様に走って宿へと戻って行った。


「あいつ……本当に帰りやがった」


「も、申し訳ありません、アラッド」


「いや、別にお前が謝る事じゃねえよ」


そう言いながらフローレンスに目を向けるアラッドだが、その姿に……ほんの少し、ドキッとした。


「そうですか……? どうかしましたか?」


「いや、なんでもない」


今のフローレンスは非常に軽装であり、長い髪も縛っている。

そのため……うなじがガッツリ見えていた。


(扇情的、って言えば良いのか?)


風呂上がりということもあり、普段のフローレンスとはまた別の魅力を感じさせる。


「とりあえず、宿まで送ってく」


「い、いえ。大丈夫ですよ。私一人でも戻れますから」


「気にするなら。それに……お前も、嫌な話は聞いてるだろ」


「っ………………では、お言葉に甘えさせてもらいます」


「おぅ」


物凄く細かい話までは聞いていないが、フローレンスはゴリディア帝国との戦争が確定すれば、参戦するのは確定していることもあり、ある程度上から聞いてた。


「「…………」」


そのため、アラッドの送りに関して、お言葉に甘えることにしたものの、二人とも特に適当な会話内容が思い浮かばなかった。


「……………………っ、なぁ」


「っ、なんでしょうか」


いきなり話しかけられたことで、ほんの少しフローレンスの声が上ずる。


「キャバリオンの素材が集まったら、戦争が始まる前の……できれば、十日ぐらい前に渡してほしい」


「あっ、はい。分かりました。出来る限り、余裕を持って渡すようにします」


「そうしてくれ……下手な物は、造りたくないからな」


その言葉に関して、特に深い意味はない。

ただ、どのキャバリオンに関してもアラッドは適当に造ってはいないが、それでもフローレンスが乗るキャバリオンとなれば、尚更丁寧に慎重に造りたいと思っている。


しかし……大浴場でガルーレとあんなことを話していたこともあり、フローレンスの心拍数はほんの少し上がっていた。


「……あ、アラッドたちは……これから、どうするのですか?」


「また、面倒なドラゴンを倒しに行くつもりだ」


「色々と決定するまでは、冒険はお休みということですね」


「まぁ、そうなるな。とはいえ、次の標的に関しては、存在を確かめるという点に関しては、ある意味冒険ではあるがな」


「存在を確かめることが冒険、ですか?」


「そうだ。次は、虎竜を討伐しに行こうと思ってる」


「古竜……古竜? もしや、虎の方の虎竜ですか?」


「あぁ、そっちの虎竜だ」


正確な情報は知らないものの、フローレンスも話だけは聞いたことがあった。


虎とドラゴンの特徴を併せ持つ、珍しい存在と言われるモンスターの中でも、特に珍しいモンスターだと。


「なるほど……それは確かに、存在を確かめることが冒険になりそうですね」


「そうなんだよ。俺に情報を教えてくれた人も、話には聞いたことがあるけど、実際に見たことはないらしくてな」


そんな情報を信用出来るのかとツッコまれるかもしれないが、雪竜グレイスに直接会った事があるアラッドは、直感的に信用出来ると思っていた。


「本当に遭遇したら、是非次会った時に話を聞かせて下さいね」


「……あぁ、解ったよ」


アラッドとしては、そう何度も何度も短期間のうちに会いたいとは思っていないが、状況的にそうなる可能性は十分あった。

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